4 / 10

薫と隼人の場合 4

ねっ、と充彦が智明に同意を求めて来たので、何のことだと智明が言おうとする。だが充彦が必死に目くばせをしてくるものだから、思わず頷いてしまった。 「でっ、トモトモ、何の用事?上行こうか!」 「わ、あ、おいって!」 腕を無理やり掴まれた智明は、有無を言わさずに二階へと充彦に引っ張られていった。口を開けたままの隼人はアップルパイをテーブルに置き、ようやく言葉を発した。 「なあ、薫。知ってたか?あの二人」 「え?いや、あの……。し、知らない」 薫は当然、充彦がとっさに嘘をついたのだと分かった。恐らく自分のことを思ってくれたのだろう。それにしてもやり方が凄すぎて、充彦らしい。 「そう言えば、ミツくんと喧嘩してたの?」 とりあえず話題を変えようと、薫がそう聞くと隼人も正気に帰ったような顔をする。 「この前のさ、スタジオでスカウトされた話。態度が悪いだのなんだの言われてさ。あと何でモデルが嫌なんだって」 「あ、それは僕も思う。カッコいいのに」 「あんな華々しくて賑やかなとこは嫌だ。俺は普通に就職して普通に生活したいの。トモくんみたいに公務員になって金も貯めたいし」 「普通に恋愛して?」 「ん、出来たらな」 ズキンと薫の胸が痛む。今はこうして戯れあってくれているけど、そのうち隼人は彼女を作って、結婚するのだろう。 (あーあ。じゃあもう望みなんてないじゃん) 「普通って、何だろね」 ポツリとつぶやいた薫に、隼人が不思議そうな顔をした。 「薫?」 「ミツくんと兄さんのアレは嘘だよ。二人仲悪いじゃん」 「嘘?たしかに仲悪いけど、だったら何であんなことしたんだ?」 「多分、ミツくんが僕に気を遣ってくれたんだと思う。僕が兄さんとハヤの仲を勘違いしないようにって」 「は?お前、全然言ってる意味、わかんねぇよ」 「うん。分かんないと思う。だってハヤは僕がどんなにハヤを好きだったか知らないでしょ」 薫はそう言うと、隼人に顔を近づける。そのままキスをするような仕草をすると隼人が一瞬、顔を背けた。その一瞬は薫の胸を切り裂くには充分。泣きそうになる気持ちを抑えて、隼人から離れる。 「ごめんね、僕はもう普通の幼馴染じゃないんだ」 引き攣った笑顔を作って、薫はそのまま玄関へと走っていく。 「薫!」 後に残されたのは、テーブルに置かれたアップルパイの入った箱と隼人だ。 幼い時、四人で遊んでいた公園に薫はいた。家に帰っても隣だから隼人が来てしまう。それならこの公園で頭を冷やそうと薫は考えた。寒い時期じゃなくてよかった、とブランコに乗る。 隼人が昔から好きでそればかり考えていて、なるべくマイナスのことは考えないようにしていた。充彦にこの恋心を否定されなかったことをいいことに、隼人との将来のことなんて考えてなかった。だけどはやり現実は残酷。隼人は結婚して子供を育てて、という将来を望んでいるはずだ。 (当たり前だよな) ポロッと涙が出てくる。何で僕は女の子に産まれなかったんだろう。幼馴染と恋に落ちるなんて、よくある話なのに。 「うぇ……っ、うう……」 涙が止まらなくなって嗚咽する薫。隼人のことでこんなに泣いたのは初めてだ。玄関を出たときに隼人の声が聞こえた。隼人は探しに来てくれるだろうか、それとももう、探しに来ないだろうか。もし、隼人がこの場所に気付いて来てくれたら。両手で顔を覆い、下を向いて涙を流す。 (女々しいな、僕) 「薫っ」 (ほら、幻聴まで聞こえて) ガシャン、と乗っていたブランコのチェーンが急に揺らされて、薫は慌てて顔を上げるとそこには隼人がいた。走ってきたのか、ハアハアと肩で息をしている。 「ハヤ……」 「何、逃げてんだよ」 隼人のいつもの睨む癖。その顔を間近にして、思わず薫は息を呑む。 「何で、ここがわかったの」 「昔からお前、おじさんに怒られたらここに逃げてたじゃん。俺らがよく遊んでたこの公園に。俺だって薫の行動くらい、分かるよ。長い付き合いだろ」 「うん……。でももう今日で終わり」 「ハァ?何言ってんだよ」 薫の言葉に、隼人が思わず怒鳴る。ビクッと体を揺らす薫。隼人が来て驚いて止まっていた涙がまた流れ出す。 「だって、普通の幼馴染になれないんだもん。僕はハヤが好きなんだ。これから彼女が出来たりするのを隣で見ておけっていうの?」 少しだけ顔を曇らせた隼人だったが、拳を握り薫をじっと見ながら言い放つ。 「だからって!すぐいなくなるなよ!いつもみたいに鬱陶しいくらいそばにいろよ!急にいなくなったら寂しいだろ!」 その言葉に薫は驚いた顔をする。 「……そばにいていいの」 「当たり前だろ」 「ハヤが好きなのに?」 「……お前がそう思うのは、自由だろ」

ともだちにシェアしよう!