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薫と隼人の場合 5
少しだけ緊張したような顔で隼人が言う。薫は充彦に言われた言葉を思い出した。『自分の気持ちは誰にも止められないんだから』と。ふいに薫の気持ちが軽くなって肩の力が抜けた。
それから数分して、ようやく薫は落ち着いてきた。
「ありがとう、ハヤ」
冷静になってくると、薫の気持ちに変化が現れた。
(諦めてなんか、やるもんか。これから一緒にいて、隼人を振り向かせてやるんだ。僕の気持ちを知ってても、こうして迎えに来てくれた。それだけでも見込みはあるかもしれない!隼人に彼女ができる前に、僕が彼氏になればいいんだ)
さっきまでのネガティブ思考から一転、薫はポジティブに受け止めていく。
そのためにはもっと努力して、隼人に好きになってもらわないと。普通なんて自分たちが作り上げていくものなんだから。二人が幸せならそれがスタンダードのはずだ。
「ああ、腹減ってきたなあ。早く帰ろうぜ」
隼人が言うと、薫は目頭をグイと手で拭った後、嬉しそうな笑顔を見せた。
「うん!帰ろう」
隼人の腕を取り自分の腕を組んだ。慌てたのは隼人だ。
「お、おいっ」
「だって一緒にいていいんでしょ!ハヤ、だーいすき!」
歩き出しても二人の腕は繋がれたまま。薫は離そうとしないし、隼人も諦めているのかそのまま離そうとしない。それが薫は嬉しくてたまらない。
「そう言えば、兄さんたちまだ帰ってないのかな」
「帰ったんじゃねえの?なあ、あれってうちの兄貴がとっさにやったってこと?何でうちの兄貴がそんなことしたんだ?」
「ミツくん、僕がハヤのこと好きなの知ってるから、変に拗れるのを止めようとしてくれたんだと思うよ」
「へ?知ってんの、うちの兄貴」
「うん。応援してもらってる」
「はあ?」
二人はさっきまでの騒動が嘘のように、いつものように笑いながら歩く。薫はすっかり元気になってニコニコしていた。そんな薫の顔を見ながら、隼人はふと思う。
(兄貴、薫を可愛がってるもんなあ。本当に薫に甘いんだから)
自分の周りでそんなことが起きてたなんて。ウダウダせずに言ってくれたら早いのに。
隼人は直感で動くタイプだ。思ったことはすぐ行動を起こす。
(さっきは驚いて、避けたけど。俺多分、薫とならキスできるかも知んねえな)
好きだと言われても嫌悪感もないし、むしろ薫が離れていく方が考えられない。いつも隣にいて笑顔を見せて欲しい。そう思うと、自分も薫が好きなのかもしれない。
「あー」
「どうしたの、ハヤ」
キョトンとする薫。男の割にふっくらした唇を見て、隼人は薫に顔を近づけてそのまま唇を重ねた。
「……!」
それは本当に一瞬。ふわっと押しつけられた感情を味わうことなく唇は離れた。
「な、何…」
手で口を覆い真っ赤になった顔を見て、隼人も赤くなる。ついつい、いつもの思ったら即、行動の癖が出てしまった。やはり嫌悪感はない。それなら……
「なんか、大丈夫そう」
「何かってなんだよ!」
ぎゃあぎゃあとうるさい薫。隼人は笑いながらそのまま歩いていく。
「ほら、アップルパイ待ってるぞ。帰ろう」
隼人が手を差し出すと、むくれた顔をしたまま薫はその手を握る。
あたりはすっかり暗くなり街灯が灯り始めた。二人は手を繋いだまま、家路を急いだ。
【了】
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