5 / 10

薫と隼人の場合 5

少しだけ緊張したような顔で隼人が言う。薫は充彦に言われた言葉を思い出した。『自分の気持ちは誰にも止められないんだから』と。ふいに薫の気持ちが軽くなって肩の力が抜けた。 それから数分して、ようやく薫は落ち着いてきた。 「ありがとう、ハヤ」 冷静になってくると、薫の気持ちに変化が現れた。 (諦めてなんか、やるもんか。これから一緒にいて、隼人を振り向かせてやるんだ。僕の気持ちを知ってても、こうして迎えに来てくれた。それだけでも見込みはあるかもしれない!隼人に彼女ができる前に、僕が彼氏になればいいんだ) さっきまでのネガティブ思考から一転、薫はポジティブに受け止めていく。 そのためにはもっと努力して、隼人に好きになってもらわないと。普通なんて自分たちが作り上げていくものなんだから。二人が幸せならそれがスタンダードのはずだ。 「ああ、腹減ってきたなあ。早く帰ろうぜ」 隼人が言うと、薫は目頭をグイと手で拭った後、嬉しそうな笑顔を見せた。 「うん!帰ろう」 隼人の腕を取り自分の腕を組んだ。慌てたのは隼人だ。 「お、おいっ」 「だって一緒にいていいんでしょ!ハヤ、だーいすき!」 歩き出しても二人の腕は繋がれたまま。薫は離そうとしないし、隼人も諦めているのかそのまま離そうとしない。それが薫は嬉しくてたまらない。 「そう言えば、兄さんたちまだ帰ってないのかな」 「帰ったんじゃねえの?なあ、あれってうちの兄貴がとっさにやったってこと?何でうちの兄貴がそんなことしたんだ?」 「ミツくん、僕がハヤのこと好きなの知ってるから、変に拗れるのを止めようとしてくれたんだと思うよ」 「へ?知ってんの、うちの兄貴」 「うん。応援してもらってる」 「はあ?」 二人はさっきまでの騒動が嘘のように、いつものように笑いながら歩く。薫はすっかり元気になってニコニコしていた。そんな薫の顔を見ながら、隼人はふと思う。 (兄貴、薫を可愛がってるもんなあ。本当に薫に甘いんだから) 自分の周りでそんなことが起きてたなんて。ウダウダせずに言ってくれたら早いのに。   隼人は直感で動くタイプだ。思ったことはすぐ行動を起こす。 (さっきは驚いて、避けたけど。俺多分、薫とならキスできるかも知んねえな) 好きだと言われても嫌悪感もないし、むしろ薫が離れていく方が考えられない。いつも隣にいて笑顔を見せて欲しい。そう思うと、自分も薫が好きなのかもしれない。 「あー」 「どうしたの、ハヤ」 キョトンとする薫。男の割にふっくらした唇を見て、隼人は薫に顔を近づけてそのまま唇を重ねた。 「……!」 それは本当に一瞬。ふわっと押しつけられた感情を味わうことなく唇は離れた。 「な、何…」 手で口を覆い真っ赤になった顔を見て、隼人も赤くなる。ついつい、いつもの思ったら即、行動の癖が出てしまった。やはり嫌悪感はない。それなら…… 「なんか、大丈夫そう」 「何かってなんだよ!」 ぎゃあぎゃあとうるさい薫。隼人は笑いながらそのまま歩いていく。 「ほら、アップルパイ待ってるぞ。帰ろう」 隼人が手を差し出すと、むくれた顔をしたまま薫はその手を握る。 あたりはすっかり暗くなり街灯が灯り始めた。二人は手を繋いだまま、家路を急いだ。 【了】

ともだちにシェアしよう!