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充彦と智明の場合 1

小さい頃は二人、よく遊んでた。隣の家だったし、歳も近かったから。よく家族同士で一緒にキャンプしたりして、かなり仲が良かったと思う。しかし、いつの間にかだんだんと遊ばなくなっていた。高校を卒業するころには、お互いに避けるようになって。顔を合わしたら喧嘩するほど仲が悪くなってしまった。それが三浦智明と古賀充彦の歴史だ。 智明はふと目が覚めて、寒さを感じ体を震わせた。ゆっくり体を起こして時計を見ると午前三時。六時には起きないといけないのに、変な時間に目が覚めてしまった。さっきまで見ていた夢をボンヤリと思い出す。寺の境内、埋められたミニカー…… (ああ、またあの夢) 初めて喧嘩したのは充彦が智明のミニカーを、遊び場だったお寺の境内に埋めてしまったとき。埋めた場所を充彦が忘れてしまい、智明が怒ったのだ。父親からクリスマスプレゼントにもらった青いお気に入りのミニカー。充彦は謝っていたのだが智明はそれがこころに残ってしまった。 智明は頭を振り、もう一度布団に潜った。 「おはよ、兄さん」 弟の薫が目を擦りながら台所に入ってくる。制服に着替えていても、まだまだ眠そうだ。三浦家は兄弟と父親の三人で暮らしている。智明が中学生の時に離婚したため、母親はいない。 「おはよう。今日はもう父さん行ったぞ」 髪をオールバックにしてパリッとしたシャツを着た智明は、コーヒーを飲んでいる。税務署に勤める智明はいつも隙がないように見える。いつもかけているメガネもその一因だ。 「そっかー。明日は僕も早く起きるよ。ハヤの朝練見に行くから」 「ふぅん。ちゃんと起きろよ。ハヤ、いまどのポジション?」 「ミッドフィルダーだよ。かっこいいんだから」 薫の隼人自慢は今に始まったことではない。ただよくまあこんなに毎日、隼人を褒められるなあと関心する。 「そういえばミツくんもミッドフィルダーだったんでしょ?モテてたの?」 「さあな。よく知らない」 早く支度しろ、と話を逸らして智明は立ち上がった。 そんな兄の背中をみて、薫は半笑いする。 (兄さんとミツくん、あんなに仲良かったのになあ) 「三浦さん、おはようございます」 職場で背後から名前を呼ばれ、智明が振り向くと同じ課の佐藤が挨拶とともに頭を下げた。 「おはようございます」 背が低く眼鏡をかけた佐藤はすぐ頭を下げるのが癖だ。少しオドオドしているように見えるのだが、仕事になると人が変わる。その力が認められ、半年前から智明の部署のリーダーになっている。 「今日は水曜日ですから、定時の日ですねぇ」 佐藤の言葉に思わず笑う。 「朝からもう帰ることを考えてるんですか」 「あっ、いやその……」 最近、佐藤は以前に比べて浮かれているようだ。特に水曜日は嬉しそうで。 「彼女と会うんでしょ?」 カマをかけてみると、佐藤は案の定顔を真っ赤にした。 「三浦さん、何故分かるんですか?エスパーですか?」 「さて何ででしょうね」 笑いながら自分の机に鞄を置いた。佐藤がぽん、と雑誌を置いた時にふと目についた時計の広告。時計に口付けてこちらを見ている銀髪のモデルは充彦だった。 「古賀さん?この時計気になるんですか?」 佐藤に話しかけられてハッとした。 「いえ、別に」 「そういえばこのモデルの人、最近よく見ますねえ」 妹がカッコいいっていってましたよ、と佐藤。 モデルとして活躍している充彦が幼馴染だということは職場には知られていない。知らせてる必要もないし、言う気もない。智明は生返事をして、椅子に座る。 「そう言えば来週の金曜は課長の送別会ですね!忘れないでくださいよ」 佐藤に言われて、忘れていたことを正直に言うと苦笑いされた。それにしても佐藤に恋人ができたとは。恋愛とは無関係そうな性格なのに。それに引き換え、自分は恋愛なんてもう何年もしていないなと智明はふと思った。 (いまから仕事なのに何考えてんだ) 頭を振りながら気持ちを切り替え、目の前のパソコンの電源を入れた。 一度だけ、充彦と智明は彼女が被った時期があった。高校の時に智明と付き合っていた子が、充彦と仲良くなり気がついたら充彦と付き合いだした。充彦本人はその子が智明と付き合っていたことを知らなかったようだ。それが発覚して、充彦はすぐ別れたと友人から噂で聞いた。元々、彼女の方から言い寄られて付き合っていた智明は、盗られたからといって怒っているわけでもなかった。むしろせいせいしたのに。智明は勝手に別れたくせに俺を巻き込むなと友人に漏らしていた。それ以降ますます気まずくなって、何が嫌いというわけでもないのに、たまに会えば二人口喧嘩した。仕事を終えて、智明はふと夢のことを思い出す。今日は何故か充彦を思い出すのは、あの夢を見たせいだなと納得する。

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