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充彦と智明の場合 2

「トモくん」 駅の改札を抜け、歩いていると背後から名前を呼ばれ、振り向くと隼人がいた。 「部活の帰りか?えらい遅いな」 「試合が近いんで、張り切り過ぎて」 二人で一緒に帰りながら、そういえば隼人と話すのも久しぶりだなと智明は感じた。ずいぶん背が高くなっている。このままだと智明の身長を越すかもしれない。 (うちの薫は小さいままなのにな) 「そうだ、この前は林檎をたくさんありがとう」 「リンゴ…ああ、親父がもらったやつ。押し付けてごめんな」 「そんなことないよ!母さんが喜んで休みにアップルパイ作ってくれるって。出来たら持ってくね」 「薫に取りに行かすよ」 明子さんのアップルパイ美味しいからなあ、と智明が呟くと隼人は笑った。 「薫も全く同じこと言ってた!兄弟だなあ」 土曜日の朝、智明が一人で家にいるとチャイムが鳴った。宅配業者が荷物を持ってきたらしく、うたた寝をしていた智明は半分ぼーっとしながら伝票に受け取りのサインをした。 「ありあとーやんした」 若いドライバーは頭を下げて去っていく。姿を見送った後に何の荷物だろうとその小さな包みの送り状を確認すると…… 「あれ?」 そこに記載された名前は『古賀充彦様』となっている。一瞬で目が覚めた。名前を確認することなく受け取りサインしてしまったのだ。慌ててドライバーのあとを確認したが、車はもういなくなっている。 「くっそ、よりにもよって……」 ぶつぶつ言いながら部屋に戻ると、薫が二階の自室から降りてきた。どうせ今日も隣に行くのだろうと智明は思い、薫を引き止める。 「薫、今日も隣行くんだろ?」 「うん。アップルパイが出来たから取りに来いって、ハヤから連絡が来たから」 「じゃあ、これ渡してくれないか」 智明はさっき受け取ったばかりの小さな包みを薫に渡そうとする。 「誤配かあ。わかった、持って行くからテーブルに置いてて」 頼んだぞ、と声をかけて智明は二階の部屋に戻った。 それからしばらくして。喉の渇きを覚えた智明はキッチンに向かう途中、ふとテーブルを見た。そこにはさっき隣に持って行くように頼んだ包みがまだ置いてある。嫌な予感がして玄関に行くと薫の靴はもうない。きっと忘れてしまったのだろう。 「あのバカ」 仕方ないなあとその包みを手にする。今日は土曜日だし充彦が家にいるとも限らない。さっさと隼人に渡して帰ればいい、と智明はサンダルを履いて玄関のドアを開け、そのまま隣の古賀家に向かう。 隣の家の間取りは自宅と一緒だ。ガチャリとドアを開けると、案の定、薫の靴が揃えてある。 「薫、お前、宅急便持ってくの忘れただろ!」 大きな声で叫んで上がり込む。智明はズカズカと歩いてリビングに入った。隼人と薫しかいないだろうと思っていたのに、隼人の代わりに充彦がいた。しかも何故か、二人とも突っ立ったまま、智明を凝視している。 (な、なんだ?この雰囲気) 薫は何故か驚いた顔をして凝視しているし、充彦は口を開いたままこちらを見る。 「薫、アップルパイ持って帰れ……、あれトモくん」 アップルパイを箱に入れた隼人がリビングへ入ってきて、智明を見るなり不思議そうに言った。一瞬の沈黙の後、小包を渡そうと充彦の方を向いた時。突然充彦が近寄ってきて、目の前に立ちはだかる。 「な、何だ、みつひ」 じっと智明の顔を見てきたかと思うと、キスしてきた。 「〜〜っ?」 触れただけのキスに、智明は目を大きく見開く。隼人も薫も、呆然としている。 「隼人、悪い。トモトモは俺んだから!」  ねっ、と充彦が智明に同意を求めて来たので、何のことだと智明が言おうとする。だが充彦が必死に目くばせをしてくるものだから、思わず頷いてしまった。 「でっ、トモトモ?何の用事?上行こうか!」 「わ、あ、おいって!」 腕を無理やり掴まれた智明。有無を言わさずに二階へと充彦に引っ張られていった。 二階の自室に入った途端、充彦は手を合わせて智明に謝った。 「ごめん、トモトモ!急にあんなことして」 非難の言葉を言い出す前に勢いよく謝られて、智明は怒鳴る気も失せた。ふう、とため息をつくとベッドに腰掛けた。 「なんであんなことしたのか、教えてくれるか?」 智明の低い声にビクビクしながら充彦は答える。薫が隼人のことを幼馴染以上の感情をもっていること。それを応援してやりたくて見守っていること。そしてキスしたのは薫が『隼人が好きなのは智明だ』と勘違いしそうになっていたから、とっさにキスしたということ。 「……ちょっと、色々、追いつかないんだが」 智明は頭を抱えながら考え込んだ。

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