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第6章:長谷部
俺は仮眠室を出ると
人目を気にしながら、
多目的トイレに入った。
そして、
前を隠すように閉じていた白衣を開き、
情けなくなるほど膨張した自分の下半身を見下ろした。
・・・職場で何勃ててんだよ。
弥生先生に人として惹かれていることは
既に分かっていたが、
ストレートの俺が
弥生先生に対し性的にも興奮出来てしまうことを自覚した。
・・・そう言えば、弥生先生も、勃ってたな。
ズボンの中にしまってあるものが余計に苦しくなってきた。
刻まれた数々の傷跡や
鮮やかな赤や、薄紫色の斑点・・・
そんなものなど見慣れているのに、
あのポーセリンのように白くて滑らかな肌に
描かれたようなそれらに
俺はどこか艶やかさを感じていた。
俺は医者としてではなく、
一人の男として、
それらに触れたいと思っている。
自分の煩悩に溜息を大きく吐きながら
下に着ているものを少し下ろし、
窮屈さを逃した。
・・・どうしようか。
職場で、勤務時間に、自慰行為をするなんて
今まで考えたこともなかった。
俺は白衣の胸ポケットの中から
携帯を取り出し
時間を確認した。
・・・さっさとするか。
携帯を戻すと、
右手で救いようのないくらい勃起したものを握った。
数分でトイレから出た俺は
その時間を埋めるかのように
せかせかと医局へ向かった。
弥生先生はまだ来ていないようで
少し気が緩んだがそれを一変させるように、
「長谷部先生」
と、女研修医の羽田が
俺に駆け寄った。
「あと5分ほどで、
交通事故に遭った3歳児が運ばれてくるようです。
出血多量のショック状態との情報なので
即オペになるかと」
「分かった。
麻酔科医と先生呼んできて。
あと小児科医も一応。」
「はい。」
俺はちょうどストレッチャーを押し
救命救急用の門へ向かう看護師の後についた。
しばらくすると救急車がやってきた。
俺は運んできた救急隊に
事故の状況と患者の容態を聞き
ストレッチャーで運ばれていく
3歳児の意識を確認した。
後ろについていたパニック状態の母親を残し、
そのままストレッチャーはオペ室に入り
俺は即座に手術の用意に入った。
そこに羽田に連れられてきた
小児科の浮所先生や
麻酔科の伊集院先生もやってきた。
「腹部に大きな外傷がありますので、
まずは大腸の損傷を確認します。」
子供への手術は
内臓も小さく、血管も細いため、
手先の器用さや正確さがより求められる。
体力も標準な大人と比べてないので、スピードも大事だ。
慣れてはいるものの、やはり緊張は増す。
医療スタッフ皆、
切迫した状態で張り詰めた空気の中、
4時間の手術が終わった。
手を合わせながらオペ室の外のソファーに腰をかけていた
放心状態の母親に俺は近寄った。
「息子さん、一命を取り留めましたが、
回復まで、時間はかかります。
お母さんは、和成くんの分も、
気持ちを強くお持ちください。」
「・・・ありがとうございます。」
泣き疲れたであろう声は枯れていた。
そのまま医局に戻ると、
弥生先生が電子カルテシステムの入ったタブレットに
指先で記入していた。
俺に気づくと
「お疲れ様。」
と一言発し作業を続けた。
別にいつものことなのに、
なんとなくそわそわしてしまい
少し弥生先生から離れたところで
自分の電子カルテに
和成くんのデータを打ち込んだ。
二人きりの静かな時間も数分で終わり、
いつものように
他の先生や、研修医、看護師などで
賑わい始めた。
「長谷部先生、
先ほどのすごかったです。」
羽田がキラキラした目をさせながら
俺に話しかけた。
「あー、そっか。
小児外科希望だもんな。」
「はい、なのでとても参考になりした。」
「そうか。」
離れたところにいて、
他の人と会話をしていても
弥生先生を自然と目で追っている自分がいる。
しばらくして弥生先生は席を立ち、
仮眠室の方へ向かった。
救急センターは落ち着いていて
他の先生も数人待機していたので、
俺も後に着くように医局を出た。
少し時間を開けて、
仮眠室を覗くと、
ベッドに横たわる弥生先生がいた。
弥生先生は俺に気づくと、
「どうした?」
と少し掠れた声で尋ねた。
「いえ別に・・・」
少し二人きりになりたかったなんて、
言えるわけがない。
「何もなかったら、
今のうちに少し仮眠させてくれ。」
「はい。」
「長谷部も寝ときな。」
「そうですね。」
俺は弥生先生が下で寝ている二段ベッドの上に
小さな梯子をつたい、上がった。
しばらく寝るためにじっとしていたが、
なぜか緊張して眠りにつくことが出来ない。
窮屈なスペースで寝返りを繰り返す俺が
うまく寝付けないことを察した弥生先生の声が下からした。
「変わろうか?」
「いえ!大丈夫です!」
「いや、上のベッド、柵もあるし、狭いんじゃないか?
普段も下で寝てるんだろ?
僕も君が音を立てていたら寝れないし。」
「・・・あ、じゃぁ、すみません。」
そう言われてしまったら、
替わらないわけにもいかない。
弥生先生は目を擦りながら
俺に下の段を譲った。
俺は
ふらついた弥生先生がちゃんと上の段に登ったのを確認して
弥生先生の温もりが残るマットレスの上に
うつ伏せに横たわった。
枕にはほんのりと柑橘の香りした。
よくつけている整髪剤の香りだろう。
俺は自分の真上にいる弥生先生に気づかれぬよう
ふかふかのそれに顔を埋め、そして静かに抱きしめた。
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