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第8章:長谷部

なんとか、弥生先生に執刀を替わってもらえた。 今までだったら見えなかった 弥生先生の不安が 弥生先生に関心を向けるようになった俺には 見えるようになった。 もし例え俺が替わらなくても、 弥生先生なら、 そつなくこなすことは分かっている。 そして、これからも 何人もこう言う人たちは運ばれてくる。 その度にこのように替わってあげることは出来ないかもしれない。 それでも、 少しでもこの人を支えられれば・・・ 俺が、出来ることは してあげたいと・・・ 思ってしまった。 手術を終えた俺は 羽田に連れられ、 病院の職員専用のカフェテリアへと向かった。 いつもはコンビニや売店で買った飯で 済ませていたので カフェテリアに来るのは初めてだった。 何やら病院のカフェテリアらしからぬ おしゃれな雰囲気に圧倒されていると、 後ろから声をかけられた。 「あれ、長谷部?」 「櫻井先輩??」 東大医大時代の先輩だ。 最近アメリカのレジデンシーを終え 日本に戻り ここの産婦人科で働いているということ聞いていたが 互いに忙しく会うことはなかった。 「久しぶりだなー。」 「そうですね。フロアも違うし なかなか会わないですね。」 「こないだ救急に呼び出されたけどな。 お前はちょうどオペ中だったらしいが。」 「そうだったんですね。」 「あ、これは研修医の羽田です。 こちらは産婦人科医の櫻井先生。」 「よろしく。櫻井です。」 「よろしくお願いします。」 「櫻井先生も、よかったらご一緒に食べませんか? 俺、ここで食べるの初めてで。 おすすめとかあったら教えてください。」 「いや、俺もここのめし久しぶりでさ。 レジデンシー行く前のメニューとは大幅に変わっててびっくり。」 「そうなんですね。じゃ、羽田が一番詳しいかもな。 なんかない?」 「あ、そうですね。パスタ系とか結構美味しいですよ。」 俺たちは羽田おすすめの 若鶏のクリームソースフェトチーネを頼み 席についた。 「そういえば、アメリカはどうでしたか?」 「やっぱ凄かったな。 症例が多かったから、勉強になったし。 日本にいる時に比べて、倍くらい濃い時間だったな。」 「へぇ。そうなんですね。羽田は、小児外科が希望で。な?」 「あ、はい。 私もいつか渡米して、 学びたいと思っていたので、興味深いです。 小児の移植手術とか、向こうでは盛んですし、 日本もこれからどんどん増えると思うので。」 「そうだな。渡米するさいに質問なんかあったら是非聞いて。」 「はい。」 それから小児の移植手術についての話で盛り上がっていると、 羽田のスマホがなり、センターから呼び出された。 「俺もいったほうがいい?」 「いえ、研修医のヘルプが一人必要なだけらしいので、 長谷部先生は櫻井先生とゆっくりしていてください。」 「あ、そう。サンキュー。」 「では失礼します。」 羽田は軽くお辞儀をし、 食べかけの皿が乗ったお盆を持って、 小走りでこの場から離れた。 「長谷部は、どう?ここは? うまくやってる?」 「あ、はい。 前いたところよりも施設自体大きくて、 設備も整っていて、 周りの先生もできる先生ばかりですし、 働きやすいですね。」 「そっか。 藍羽の救急は優秀な先生揃いだもんな。」 「そうですね。」 「救急センター長、完璧主義で有名だからな。 お前もそれで引き抜かれたんだろ?」 「あはは、どうでしょうか。」 「弥生先生は元気?」 「仲よろしいんですか?」 「まぁ、あの人つるむの好きじゃないから、 仲いいってほどでもないけど、 俺が救急で数ヶ月研修してた時の教育係。」 「へぇ、そうなんですね。」 「いい人だよ。」 「知ってます。」 「そうか。」 「俺、弥生先生のことなんか気になっちゃうんですよね。」 「あー、分かる。なんか放っておけないよな。 闇抱えてそうで。助けたくなるよな。 医者の性が疼くというか。」 「それだけなのか、自分でもわからないんですが。」 「あぁ・・・そっちの意味でか。 長谷部って、男もいけたんだな。」 「・・・どうなんですかね、まだよく分からなくて。」 「ま、弥生先生、美人だし。」 「櫻井先生ってそういうのに偏見ないんですね。」 「ん・・・俺、男と付き合ってたことあるし。」 「え?」 「高校の時、男子校だったから。」 「それって理由になるんですか。」 「ははは。」 「いきなりこんなところでカミングアウトしないでくださいよ。」 「まぁまぁ。別にいいだろ? 好きになってしまったら、男も女も変わらないよ、別に。」 「・・・そうですか?」 「うん。でもまぁ、お前が弥生先生とか、ちょっと意外だけど。」 「なんでですか。」 「お前は、羽田先生みたいに 自分を慕ってくれる年下女子みたいなのが タイプかと思ってたから。」 「いや、俺だって、そう思ってましたよ。」 「まぁ・・・それが恋なんだろうな。」 「恋・・・」 「弥生先生は多分、ソッチなんだろうけど、 俺たちよりも10個も上だし、 理想高そうだし、 せいぜい頑張れよ。」 「・・・。」 「んじゃ、ごちそうさま。」 「え、いつの間に。」 「お前、器用なのに、 食べるのと、喋るの、同時進行できないのな。」 「いや、それは先輩に失礼かと思って。」 「はは、お前も忙しいだろ、 さっさと食べて、戻れ。」 「はい。また相談乗ってください。」 「あぁ・・・」 ・・・恋か。 ・・・この感情は、やはり恋なのか。 その後だらだらと飯を食い、 医局に戻ると、 張り詰めたような緊張感があり、 弥生先生もいなかった。 「なんかあったの?」 研修医の山田に聞くと 「あ、先ほど 心臓発作で運ばれた73歳の女性が お亡くなりになりまして。」 胸騒ぎがした。 「誰が担当していたの?」 「弥生先生です。」 俺は、その言葉を聞くと すぐに病院裏へと向かった。 こんな真っ昼間から・・・ないだろうと思いつつ、 外に出ると、 雑木林の奥に さらに奥へと向かう二つの人影が見え、 俺の悪い予想は的中したと思った。 例え、合意の上だと分かっていても 俺は放っておくことが出来ない。 無我夢中で雑草だらけの道を走った。 木々の間から 着衣のまま体を弄り合う二人が見え、 俺は息を切らしながら、 割入った。 「弥生先生・・・」 俺の声に男は驚き 弥生先生から体を離した。 「誰だ、お前?」 堅気には見えないような厳つい男は 細い目でこちらを睨みつけた。 そして当の弥生先生は面倒臭そうに俺を見ていた。 「長谷部、君・・・」 「なんだよ、知り合いか? 青姦には合意したけど、ギャラリーには合意してねぇぜ。」 「いえ。すみません。 ・・・君は、戻れ。」 「戻りません。」 「いいから・・・」 「絶対嫌です。」 俺が断固拒否していると、 男は呆れた様子で、 「・・・なんだよ、お前ら。 ホモ同士の痴話喧嘩とか 面倒クセェな。 気分転換で男とやってみようと思って、 会ったら美形でラッキーだと思ったけど、 なんか萎えたわ。」 と言い、弥生先生の臀部をごつい手で握った。 「ちょっと、やめてください。」 俺が男の腕を掴むと、 「お前、さっきから、っるせぇな。」 と俺の手を振り解き、 そのまま弥生先生のあごに手を当て、 「俺、この近くに住んでるから、 また、したくなったら、連絡して。」 とその場を去っていった。 男が見えなくなると、 弥生先生は俺の白衣の襟首を掴んだ。 「・・・ふざけんじゃねぇよ。 なんなんだよ・・・」 「・・・俺、嫌なんです、 先生が自分自身を傷つけるのが。」 「別に傷ついてない。」 「この間・・・あんなことになっていたじゃないですか。」 「君には関係ないって言っただろ?」 「関係なくないです。」 「は?」 「俺、弥生先生の支えになりたいんです。」 「・・・はぁ、、、あっそ。 もうあの男もいなくなってしまったし、 ちょうどいい、それなら君でいいや。」 そう言うと弥生先生は 俺の首裏に手を回した。 「ほら、目を瞑れ。 女からされてると思えばいい。」 そう囁くように言うと、 弥生先生は、俺の唇に食らいついた。 クチャクチャと大きな音を立て 躍り狂う柔らかな舌は、 硬口蓋から軟口蓋、 頬の裏側から喉の手前まで 俺の口内の神経全てを刺激した。 その舐め回す先から流れる生温い液は 俺の口の中をいっぱいにし、 唇の端からだらしなくこぼれ落ちた。 足が笑ってしまうほどの快楽。 そんなものをキスだけで味わったのは初めてだった。 膝の力が抜けた俺は 倒れるように地面に腰を下ろした。 すると、弥生先生は 俺の下半身に手を伸ばし、 「ちゃんと勃ってるな。」 と嘲笑うかにように言い 俺が身動きが取れないことをいいことに 衣服からそれをあらわにさせた。 「ちょっと、何を」 困った様子で見る俺の目を 弥生先生は手で数秒の間押さえ、 「ほら、ちゃんと目を瞑って。」 と言った。 そんなことを聞くつもりなどなく 開いた目には 地面に膝をつき 先ほどのキスで ぐしょぐしょになった口に 俺のものを咥え入れる姿が映った。 「先生、それはダメです。」 体を動かせずにいる俺は ただただその行為を 見ていることしか出来なかった。 一心不乱に俺のものをしゃぶる姿。 唇も舌も喉も慣れているように いちいち弱いところを刺激する。 愉悦と惨痛、 対義する二つの感情を同時に感じた。 「弥生先生・・・」 俺がそう呼ぶと、 弥生先生は俺のものから口を外し 「やっぱ男からされるのは 良くないか?」 と聞いた。 カチカチになっているものを前に そんな心配をしている弥生先生の肩を両手で掴み グイッと 力づくで自分の元へと引き寄せた。 弥生先生のベージュ色の瞳を覆う水分が、 木漏れ日に照らされ眩い。 この人を救いたい。 この人を守りたい。 この人を愛したい。 頭の中は 弥生先生のことでいっぱいだ。 「あなたが好きです。」 ごく自然と 口からこぼれ落ちていた。 驚くように開いた二重瞼に被さる 弥生先生の長い睫毛に 光る滴を 指でそっと拭い、 そのまま頬に触れた。 弥生先生は一瞬身震いをし、 戸惑うように視線を外した。

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