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第11章:弥生

先に長谷部に帰らせて 数分後に僕も仮眠室に戻り 即シャワー室に入った。 もう一つある隣のシャワー室からは 長谷部がシャワーを浴びている音が聞こえる。 なんだろう。 一切痛みのないセックスだったのに いつも感じる胸の痛みは 不思議と和らいでいて、 変な感じだ。 シャワーから出ると、 タオル一枚を下半身に巻いた状態の長谷部が ロッカーの前で立ちながら水を飲んでいた。 曲げた腕にできた力こぶ。 程よく厚い胸板。 無駄な脂肪などは一切なく、 綺麗に割れた腹筋。 「そんなに見ないでくださいよ、 恥ずかしいです。」 「え。あぁ・・・すまない。」 「・・・冗談ですよ。 先生も水飲まれますか?」 「あ、うん。」 そう言うと、長谷部は、新たにウォーターサーバーから水を入れた 紙コップを僕に手渡した。 先ほどの密着よりも、 今の距離感になぜだか心臓が脈打った。 「先生はどんな人がタイプなんですか?」 「え・・・?」 平然と話してくる長谷部に 驚いた。 「ないんですか?好きなタイプとか? 付き合ってた人の系統とか」 「・・・一人としか付き合ったことないから。」 「そうなんですか。」 「・・・うん。」 「じゃ、質問変えます。 俺みたいなタイプはどうですか?」 「苦手だ。」 「即答ですね。」 長谷部は笑ったが、 嘘ではない。 本当に苦手だ。 いちいち目についてしまうほどの外見も 文句のつけようのない仕事の手際も、 彼の行動も言葉も全てが ずっとぶれることがなかった僕の心を いちいち揺さぶってくる。 僕は なんだか追い詰められているような この状況に耐えられなくて さっさとスクラブに着替え、 白衣を羽織って仮眠室を出た。 医局に戻ったら、 死亡診断書が待っていると言うのに、 そんなことを考える余裕もないほどだった。 死亡診断書を書き終えた後、 酔っ払いと、発熱患者を診て、 日を跨ぐ前に病院を出た。 家に戻って早々ベッドの右側に横たわり、 学の使っていた枕を抱きしめた。 「ごめん・・・学。」 言葉と一緒に涙が溢れてきた。 返ってこない返事にも、 感じることの出来ない温もりにも、 慣れたように過ごしていたけれど、 僕は心の片隅で それらをずっと望んでいたのかな? でも、僕は もう誰かと恋をすることなんて、 出来ないよ。 だって愛する人を 自殺まで追い込んでしまったのは きっと僕だった。 学は戦力外通告を受けた後、 小さい頃からずっと打ち込んでいた野球を すっぱりと辞めた。 生活の大部分を占めていたものがなくなると同時に 常にいたミーハーな取り巻きもいなくなり、 そのポッカリと開いてしまった穴を埋めようと 僕に依存するようになっていった。 暇を持て余し 僕の家に入り浸るようになった学は 体力が有り余っているのに心の余裕はなく そのバランスを取るかのように 僕が家にいる間は常に僕の体を求めた。 駆け出しの救命救急医で 仕事場では覚えることも多く、 とてつもなく忙しかった僕は そんな学がいる家では休息が取れるはずもなく 不眠の日々が続いた。 いつしか家に帰る気力すら無くなり、 学を避けるように 病院の仮眠室で泊まることが増えていった。 そんなことで、寂しさも不満も 多分溜まる一方だった学。 だけど外に出れば チヤホヤしてくる女は必ずいて、 満たされない欲求を 外で満たしてくることも増えていった。 野球選手時代の仲間と女子アナとの合コン三昧や ある程度名前が売れたアイドルとホテルに消える姿が 小さく週刊誌の記事に載ろうと、 会うたびにむせてしまう程の 女の匂いを染みつけていようと、 僕はノンケの学を こちらの世界に 連れてきてしまった負い目があったので、 それを黙認し続けていた・・・学と最後に会った日まで。 学と最後に会ったのは 12月23日で 2週間ぶりに家に帰った日だった。 一人で住んでいたときとは まるで別世界のように ゴミだらけで、 散らかっていた。 朝から酒に酔っていた学は、 「なんでずっと帰ってこなかったんだよ。」 と僕に絡んできた。 「仕事、忙しいんだ。」 「・・・はいはい、そうですか、お医者様。」 学は皮肉っぽくそういうと 僕がコートを脱いで、カバンを床に置いたのと同時に 僕の腕を掴み、 ベッドに連れて行った。 「かなめ・・・」 何度も寂しそうに僕の名前を呼びながら 僕を強引に抱く学は 首元に甘い香りを纏っていた。 正直うんざりしていた。 学のことを愛していることには変わらなかったが、 本当に夜勤明けで疲れていて つい口が滑ってしまった。 「そんな女の匂いを残したまま 僕を抱くのはいい加減やめて欲しい。」 その瞬間学の額から一気に汗が湧き出た。 まさか僕にばれているとは 思っていなかったのだろう。 「・・・とりあえず風呂に入って欲しい、、、」 「ああ。・・・分かった。」 学の酔いはすっかり覚めたようだった。 学は言い訳をしなかったし、 僕もそれを求めなかった。 僕に言われるがままに シャワーを浴びた学は 僕の機嫌を取るように 何度も何度も僕を抱きしめた。 僕が眠りについて、 夜中に目覚めるまで、 学は 別れたくないという意思表示をするように くっつけた体を離さなかった。 「僕、そろそろ仕事いかなきゃ。」 「行かないで・・・ このままこうしてたい。」 「・・・クリスマスと、 年末年始は いつものように忙しいから。」 「・・・ かなめ、・・・ あの・・・俺・・・ごめん・・・。 愛してるよ・・・。」 「・・・うん。」 これが僕と学との最後の会話だった。 またすぐに会えることを疑わない なんてことないものだと思って 愛してると言い返すこともしなかった。

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