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第13章:弥生

病院からの帰り際 駅前のカフェで羽田といる長谷部を見かけた。 あれから 僕は気まずくて 長谷部に対して 今までのように接することが出来なくなっていた。 見かけるたびに 胸が騒がしくって、 そう今だって、 なんだか胸苦しい。 長谷部と羽田、 こうやって普段着の2人を見ると なんともお似合いで、 これが長谷部にとって 自然な形であり、 こうあるべきだと思ってしまう。 僕は軽い食事を買うために コンビニに寄ってから 家に帰ったが 空腹を満たすことはせずに そのままベッドの上で横になった。 長谷部の匂い、 髪の毛の硬さ、 肌の柔らかさ、 僕を抱きしめる長い腕と大きな掌。 そして全てを悟っていそうな瞳。 「長谷部・・・」 僕は 学が死んでから 初めて他の誰かを思いながら このベッドの上で自分に触れた。 「好きです。」 そんな長谷部の低い声が返ってくるよう思える。 僕にはもったいない言葉。 それでも またその言葉を聞きたいと思ってしまう。 なんて自己中心的な思いなんだろう。 忘れなきゃ。 消さなきゃ。 僕は彼には相応しくない。 そんなの分かりきっているのに、 もう一度触れ合いたい、 抱きしめられたいと 僕は長谷部の温もりを思い返しながら 自分を慰め続けた。 長谷部はどうやって抱くんだろう。 きっと リードする派なんだろうな。 ・・・抱かれてみたい。 頭の中で想像する。 「・・・アァ・・・もっと・・・」 あそこも、ここも、 何をするにも器用な指先で触れてほしい。 「ン・・・ぁア・・・」 僕の舌と絡まったあの太い舌で 舐めまわされたい。 「・・・長谷部・・・フ・・・アぁッ・・・」 次の日起きた時、 僕は下半身裸を露出したままだった。 一人でイッた後の記憶がない。 そのまま寝てしまったんだろう。 その証拠に、手の近くには 丸まったティッシュが転がっていた。 昨夜、学を思い出すことも、 今、学への罪悪感も、 無くて、 それがひどく悲しく思えた。 僕はシャワーを浴び、 昨日買ったコンビニ飯を食べ終えると、 いつものようにまた、病院へと向かった。 今日はとてもスローな日だった。 仕事が暇だと言うことは、 この辺りの病人も怪我人も少ないと言うことなので、 嬉しいことだ。 でもこうやって気が緩む時に限って、 大きな事故などの連絡が来る。 静まりかえった 救命救急センターに響き渡った電話の音。 研修医の山田はそれを即とると、 「分かりました。」 と電話の相手に告げ、 僕たちに向かい、 飲酒運転事故に巻き込まれた5人が運ばれてくることを知らせた。 こんな昼間から飲酒運転事故か・・・。 運ばれてきた5人全員 瀕死の状態だった。 加害者の運転手の男性と 助手席に乗っていた男性は 体はほぼ無傷な状態だったが、 頭に強い衝撃があり 意識不明の状態で運ばれてきた。 僕が担当することになったのは 被害を受けた車両の運転席に乗っていた男性。 車両の左側に追突されたので、 助手席に乗っていた男性の妻であろう女性は車両に潰され、 即死だったらしい。 彼自身も、状態は良いものではなかった。 救急隊員曰く 救出された時は 車両に潰された妻とコンクリートの塀に 挟まれた状態だったらしい。 もちろん即オペ室行きだった。 外傷はもちろんだが、 内臓からの出血がひどく 出血場所を、切って探し縫って行っても、 損傷箇所が多すぎて、 全く間に合わない。 そして先ほどまで確実に動いていた彼の心音は あっという間に 僕の手の中で消えていった。 例え、予測をしていた結果だとしても、 もし僕でなければ、 救えたのかな、と思う。 それは悪い癖だとわかっていても、 僕は自分を責めてしまうことを 止めることができない。 泣いてしまいそうになるのを 唇を噛みとめて、 開いた傷口を縫った。 その後 もうこの世には帰ってこない 会ったばかりの人に 深く手を合わせた。 仮眠室へ戻ると、 いつものように、 ロッカーに入っていたスマホを手に取った。 その瞬間、 長谷部の顔が浮かび 僕の硬直した顔は フッと緩み、 スマホを元の場所に戻した。 もう誰でもいい、では ダメみたいだ。 どんなに頭で拒絶したって 体は求めてしまうし、 心は止められない。 ああ、 僕は、彼が好きなんだな・・・、 と思った。 カチャというドアが開く音が後ろから聞こえ、 僕はロッカーを閉めた。 「弥生先生・・・」 この声は・・・。 振り向くと長谷部がいた。 「・・・君、今日オフじゃないの?」 「・・・死亡事故があったって聞いて、 いてもたってもいられなくって。」 「まあ・・・大きな事故だったから。」 「違います。それ以上に、 弥生先生が、また、自分を痛みつけるんではないかって。」 走ってきたのだろうか。 少し息が荒くて、 額にはうっすらと汗をかいていた。 「なあ、長谷部?」 「はい。」 「僕はもうすぐ帰ろうと思ってる。」 「はい。」 「死亡診断書を書いてくるから、 外で待っていてくれないか。」 そう長谷部に告げると、 「分かりました」 と答えた。 そして二人で仮眠室から出て別々方向へ進んだ。 医局で 死亡診断書を書く指は 相変わらず震えていたけれど、 心は少し軽かった。 帰る準備をし、 外に出ると 長谷部は、病院前にあるベンチで座って待っていた。 「待たせたね。」 「いえ。」 「あ・・・誘っておいてなんだけど・・・ どうしよう・・・」 なんだか緊張して顔が見れない・・・。 「じゃ、俺の家にでも来ますか?」 「え?あ、・・・長谷部がよければ。」 「散らかってますけど、文句言わないでくださいね。」 「ああ。」 「雨降りそうなので、 タクシーでも拾いましょう。」 黒い曇空が広がる空を眺めながら、長谷部はそう言った。 そして僕たちは 病院の前にちょうど止まっていたタクシーに二人で乗り込んだ。

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