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2,野分
キキが次に相模に仕事で再会した時、話しかけてはきたものの、食事に誘われることはなかった。他のオメガを食事に誘ったりはしているので、どうやら噂通りのようだった。
_一度食事に行ったオメガとは二度と食事に行かない。
あの日、相模の真面目な一面を見たキキは、なんとなく相模の振る舞いが「キャラ」のように思えた。わざと「軽い」感じで振舞っているのかもしてない。
(売れっ子俳優も大変だなぁ)
そう思いながら、キキは撮影中の相模を見つめる。回を重ねるごとに相模はめきめきとその腕を上げる。前回のページの反響は以前にも増してすごい。今回の号は相模がメインで組まれることになった。キキは系統が全く違うので、相模の活躍に危機感を覚えることはないが、同業者からすれば好敵手の出現で面白くはない。プライドの高いアルファたちは表には出さないものの、内心悔しくて仕方がないのだろう。少し殺伐とした雰囲気でスタジオは満たされていた。しかし、それにも物怖じせずに、相模はポーズを決めていく。
無数のシャッター音が響き、相模を空間ごと切り取っていく。
本業の俳優業も上々で、今放送されているテレビドラマの視聴率は、今期のドラマの中で群を抜いている。ドラマの宣伝ポスターをはじめ、商品のCMなど街中のいたるところに相模の顔がある状態だ。嫌でも国民全員が相模のことを視ている。
「ねえ、キキ」
隣にいたタイチが不躾に声を掛けてきた。
「どうしたの」
「あのあと相模さんとまたご飯に行ったりした?」
「行ってないけど」
キキがそう答えると、タイチは肩を落とした。話が見えず、「どうかしたのか」と尋ねる。
「俺、前から相模さんのこと誘ってるんだけど、なかなか二人きりだと誘いに乗ってくれなくて。この前の食事会もキキとか藤咲さんがいたから呼んでもらえたけど、ダメなんだ」
「そう……」
相模狙いなのがバレバレだからではないだろうか、そう思ったが口を噤んだ。
「だって、この前もいい雰囲気だったんだよ? なのにそれから進展しないし……、キキが帰ってきちゃってそこから先に進めないし」
キキに邪魔されたとでも言いたげな物言いにキキの表情は固くなる。
アルファは好きだと思った相手には積極的にアプローチするのが一般的だ。裏返せば、好きじゃない相手には冷たくあしらうし、興味すら湧かない。
発展しない、というのならそれは言わずもがなそういうことなのだ。
「やっぱり噂どおりなのかな。でもオメガだけなんだよね、相模さんが断るの」
「オメガだけって?」
「前にも言ったけど、二回目からは誘っても絶対に会ってくれないんだけどさ。ベータの子なら誘いに乗るんだよ。なんか変だよね」
タイチの言うことは一理ある。確かに変だ。スキャンダルを避けて、ならそもそも誰も食事に誘わないはずだし。何より、オメガからの誘いだけを断るというのが引っかかる。
「実は俺たちオメガのことが嫌いなのかな……」
実際、アルファのなかにもオメガのことが嫌いで、ベータと交際する人はいる。ただ、同性同士のカップルだと子供が出来ない。よって、子孫を残したいアルファの男性は、男の伴侶ならオメガ一択になる。
「面倒なことになるのが嫌なんじゃない?」
「でも女の子なら関係ないじゃん。ベータだって妊娠できるし」
タイチの言うことはもっともで、後腐れなく肉体関係を結ぶならベータの男の誘いしか受けないだろう。タイチの口ぶりから察するに、ベータであれば男女は問わないらしい。
「じゃあ、オメガのことが苦手なんじゃないかな」
「そうなのかなぁ。俺たちの方がベータよりも断然可愛いのにね」
タイチのその言葉に、キキの眉がピクリと動く。
タイチは少し不機嫌なキキに気づかずに続けた。
「まあでも、俺らとは実際何もなくてもアルファとオメガっていうだけで変な噂立つしね」
「そうだね」
「いわゆるB専なのかな、相模さん。もったいない。ベータのこと好きなアルファって本当にいるんだ。子供いらない系なのかも」
タイチの失礼な物言いに段々と腹が立ってきた。
「それは人の好みじゃない、バース性は関係ない」
キキが冷めた声でそう言うとタイチは面白くないような顔をした。その顔を見て、少しムキになりすぎたと反省する。
(これだからあんまり人と話したくないんだ)
キキは一言「ごめん」と言って、席を外した。
キキは相模のことを擁護しようとしたわけではなかった。ただ、あんなほかの人もいる場所で、他人のバース性についてとやかく推測することが嫌だった。話に乗った自分も悪いが、なぜ他人にそこまでとやかく言うのか。冷静になりたくて、近くのお手洗いに入る。
バース性は今も昔もデリケートな問題だ。当事者にしかわからないことは沢山ある。
お腹に手を当てながら、キキは悔しそうに洗面台の鏡に映る自分を見た。
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