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野分⑵

 スタジオに戻ると何事もなかったかのようにタイチは相模と談笑をしていた。さっきのキキの態度を気にする様子もなく、また声を掛けてくる。 「ねえキキ、今日もよかったらご飯行かない?」  学習しないタイチは懲りずに相模を誘っているようで、人数を増やすためにキキを誘う。自分のことを出しに使われるのも嫌だし、何より気分じゃない。  相模もどこか気まずそうな雰囲気で、あまり行きたい表情ではない。 「ごめん、今日は先約があるから」  キキが断ると、相模が安堵した表情を見せた。タイチは残念がっていたが、めげずに「じゃあまた今度ですね」と甘ったるい声で言った。 (二度とごめんだ)  キキはタイチの顔を見ながら、内心そう吐き捨てた。 ***  相模は撮影中のキキを見つめる。見つめると言っても観察だ。キキは一目置かれる存在だけあって、ほかのモデルよりも勉強になる。カリスマという称号も伊達ではない。普段はつっけんどんな態度だが、カメラの前になると花が開くように柔らかい表情になる。  相模は、キキと仕事を共にするようになり、ますます様になっているような気がするのだ。周囲からも、よかったよと褒められることが多くなった。本当はキキ本人に教えを請いたいが、プライドの高そうなキキが教えてくれるかどうかわからない。  相模がキキに対して持っている印象は「綺麗」、ただそれだけ。 中世的な容姿だが、声から察するに多分性別は男。公開されている「オメガ性」以外の情報はとことん謎に包まれていた。年齢は自分と同じか、少し年下に思えた。  白金の色素の薄い髪に、深い緑色の目。オメガ性の割には身長があり、細身でスタイルがいい。長いまつげや、控えめだが綺麗な二重、桜色の小さな唇などが相まって人形みたいだ。  その人間味の無いキキに対しての印象が、先日の食事会で少し変わった。  本人は気づいていないかもしれないが、お酒もあってか、キキはいつもよりも笑っているように思えた。カメラの前ともまた違う、脱力感のある笑顔というか。自然な笑みであったり、穏やかな表情は可愛く思えたし、もっと普段からそんな顔をすればいいのにとも思った。  その日、遅いからと心配になり迎えに行った廊下で、キキは藤咲と何やら揉めていた。多分藤咲に言い寄られていたのだろう。キキが困った顔をしていたので、思わず割って入ってしまった。ああいう状況でアルファに噛みつくのは得策ではない。できるだけ避けたい状況ではあったが、困った人を見捨てられるほど自分は腐ってはいなかった。 『今日はありがとうございました』 『それだけじゃなくて』  帰り道に、律儀に礼を言ってきたキキの姿を思い出した。そうして、その時やっと、キキが自身が助けたことにお礼を言っていたのではないかと相模は思い至ったのだ。 (キキはどこかオメガらしくない) この業界に入ってから会うオメガはみな気が強く、アルファに媚びる。頑なに誘いを断っていたのはキキだけだった。他のオメガとは違うキキとなら、仲良くなれそうな気がした。しかし、これ以上近づくわけにもいかない。……オメガと長く一緒に居るわけにはいかない。    相模はキキへの興味を、頭の隅へ追いやった。

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