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幻影⑸

「なんでアルファのふりをしてるのか、聞いてもいい?」  キキが控えめな態度で聞いてくる。  バレているなら隠すこともないと、相模は正直にその訳を話した。 「事務所の戦略なんだ。アルファの方がインパクトがあっていいだろうって、それだけ。 俺以外の家族は全員アルファだから見た目だけはアルファっぽし。……中身は全然伴ってないんだけどね。ありのままの、ベータ性のままで売り出してほしかったけど、ダメだった」 「そうだったんだ……」  キキはそれを聞いて妙に納得しているようだった。 「匂いはどうしてるの? 相模からはちゃんとアルファの匂いがする」 「アルファのフェロモンを模した香水を振って擬態してるんだ」  オメガもアルファも互いを匂いで識別できる。アルファの匂いで武装しなければ、アルファとして認識してもらえない。反対にそれさえあれば、どれだけ中身が平凡で、アルファには到底叶わなくても、彼らの目を眩ませることが出きた。だが、人工的な匂いは長く持続しない、匂いが途切れると怪しまれる。だからオメガともアルファとも長時間共にいることはない。加えて、遊ぶ回数は多く設けないようにしていた。二人きりになど、絶対にならない。 「……ちゃんと、匂いはするんだな。自分ではフェロモン自体の匂いはわからないから」  相模が淡々とそう言うと、キキはどこか悲しそうな顔をした。 (なんで? そんな顔をするの?)  心配した表情とは違うそれを不思議そうに相模は眺めた。ふと、こんなにいろんな表情のキキを見たのは初めてだな、とこんな状況なのにもかかわらず思った。 「辛かったね、相模。安心して、大丈夫だから」  その声に、涙が込み上げた。ずっと、苦しかったんだ……。 ***  次にキキが撮影場所で相模と会った時には、いつも通りの相模に戻っていた。 アルファのようにふるまう相模を見て、キキは心が痛んだ。 『僕の前ではありのままでいいよ』  別れ際、相模にはそう伝えが、実際はそうはいかない。自分たちが会うのは現場ばかりでプライベートで遊ぶ間柄ではない。せめて、相模が安心できるように気を使ってあげたかったが、キキの立場上どうすることもできない。他のオメガと接触させないように、その分過度にキキが相模に接すれば、また噂を蒸し返すだけなのは目に見えていた。  静観のおかげか、一カ月を過ぎることには事態は収束をみせていた。  今日はキキと相模が同じ現場だが、もう誰も聞いてくることはない。 (人のうわさもなんとやら、だな)  そんなことをキキが考えていると、相模がスタジオに入ってきた。 「キキ、差し入れのコーヒー」  珍しく差し入れを持参してきたようだ。コーヒーは近くのコーヒーショップのもので、良いにおいがする。紙ナフキンと一緒にカップを渡された。 「後で、連絡して」  相模はキキにだけ聞こえるように、耳元でそう言う。連絡も何も、自分は相模の連絡先など知らない。大っぴらな抗議もできないまま、相模はほかの人にもコーヒーを配りに行ってしまった。わざわざ呼び戻すこともできずにその場で立ち尽くす。ふと渡された紙ナフキンに視線を落とすと、インクが少し滲んでいるのが見えた。まじまじとその紙を見つめる。 そこには携帯の番号と、メールアドレスが書かれていた。

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