15 / 47

流星⑵

 ベータだとバレることが怖くて、同業者とは一部の人間を除いては深い付き合いをしてこなかった。安心して仲良くできるのはベータだけ。仲のいいアルファがいるのはいるが、あまり一緒に長くはいられない。オメガも言わずもがなだ。  自身がオメガや可愛いベータに手当たり次第に声を掛けるのは、それが「アルファらしい振る舞い」だと思っているから。小説や漫画、ドラマに登場するキャラとしてのアルファは自信家で、オメガに対しては好きにならずにはいられない。それがどんどんと誇張されて、今のような振る舞い方をするようになっていた。本当はあまりオメガには興味はないし、ベータでも可愛いと思うのは女の子だけだ。高校時代に付き合っていた彼女もベータだった。 『相模君がアルファだったら、自慢の彼氏だったのになぁ』  いつかの放課後、帰り道に当時の彼女にそう言われた。  父も母も、そして兄も全員アルファ。親戚にもベータはいない。そんなアルファの家系に生まれたのに、自分だけが平凡なベータだった。両親は優しく、ベータだからと見捨てずに、兄と同じように育ててくれた。けれども、思春期の自身にとって「ベータ性」というものはコンプレックスでしかなかった。好きな女の子にそう言われ、深く傷ついたのを覚えている。  今だって世間が求める、相模圭一という男は「アルファ性」だった。  大学進学と同時に別れた彼女は、自分が嘘をついていることを知っている。  彼女はこんな自分を見て、滑稽だと笑うだろうか。それとも、実はアルファだったのね、と都合のいい勘違いをしてくれているのだろうか。 「疲れた……」  寝巻に着て、ベットに入る。アラームをセットして、目を閉じた。 (朝起きて、顔を洗って、その次にあの香水を振って……) 首だけじゃなく、手足や髪の毛にも念入りに振り、アルファの香りを纏う。そうしてやっと自分は存在意義を得る。今の「裸」の自分は、一体どこに行けばいいのだろうかといつも考えていた。 「でも、明日はありのままで」  そう呟いて、相模は眠りに落ちた。  それからキキと相模の距離が縮まるのに、そう時間は掛からなかった。休みのたびに示し合わせて出かける。もちろん互いに友人として、それ以上の感情はない。  今日は有名なカフェチェーン店の新作発売日。相模はそれを飲みに行こうと誘った。キキはあまり甘いものが得意ではないようだったが、嫌な顔をせず付き合ってくれる。  相模は、本当は甘いスイーツが好きだった。周りにはそんなことすら話せない。でもキキには何でも話すことが出来た。いつもはマネージャーに無理を言って、買ってきてもらい飲む新作のドリンク。でも今回はたまたまオフで、しかも気の置けない友人とくることが出来た。 「今回はイチゴだって。キキはイチゴ好き?」  発売日当日、平日だから大丈夫だろうと思っていたが、思ったより店は混雑していた。オフィス街の昼時ということもあり、若い子に交じって休憩中のスーツを着た人が何人か見える。 キキも相模もお互いに怪しまれない程度に変装をしている。といっても、キキは目立つ白金の髪の毛を隠すハットをかぶるくらいで、特に何もしない。今は街中にいろいろな髪色の人が溢れているしそこまで目立たないのにな、と相模は思う。  対照的に相模は世間に顔が割れすぎているので、サングラスやウィッグは手放せない。だが、キキの前では香水を点けなくてもよくなり、その意味では相模はありのままで居られた。  先に席を取り、レジの列に並びながら、今回の商品についての情報を共有する。相模は商品の細かな違いを楽しむのもまた好きだった。今年のものは去年のものとは違い、果肉感がより強いらしい。 「うん。大人になってからはあんまり買って食べたりはしないけど好きだよ」 「俺も好き。イチゴのショートケーキとか、タルトとかすごく好き」  嬉々として話す相模に、それってスイーツが好きなんじゃないの? とキキがツッコむ。フランクに話せる中になり、今ではこんなやり取りもできるようになった。  だが、いまだにキキは個人的なことは何も話してくれない。年齢や、性別、血液型。出身地や家族構成も教えてくれない。一人称や声質から推察するに、キキは男。若干声の低めの女の子とも考えられなくもないが、介抱するときに触った肉感は間違いなく男だった。  キキを含め、オメガは大体が可愛らしくて幼い。その中でもキキは美人で大人っぽい印象を兼ね備えたオメガだった。 モデル業はそこそこ長く、今五年目くらいだから、二十歳と仮定して十五歳から活動開始していたのだろうか、と相模は考えていた。 (その割にはずっとこんな感じだよな……)  昔のキキが載っている雑誌を見せてもらったこともあるが、今とそう変わらない。 「ねぇ、順番来たよ?」  考え事をしているといつの間にか自分たちの番が来ていた。目当てのものを二つ注文する。「ほかに何か召し上がられますか?」  メニューを見ると、ドリンクに合わせてフードも新商品が出ていた。キキにいるか聞くと、首を振ったので、それだけで大丈夫ですと答えた。

ともだちにシェアしよう!