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流星⑷
戻ると、何やら店内が騒がしい。
視線を巡らせるとキキが入口の方でスーツを着た男性に絡まれている。
(ナンパか?)
あまり揉め事が好きではない相模。藤咲の時もそうだが、相手がアルファだと分が悪い。今日は香水を振っていないので、自分はただのベータだ。
相模は両頬を叩いて自分を鼓舞する。
(それじゃ誰のことも守れない)
背後からキキに近づき、引き寄せる。
「キキ、どうしたの?」
ナンパ? とキキにだけ聞こえる声で尋ねたが、キキはピクリとも動かない。いつもと様子が違い顔色も真っ青だった。
相手の方をちらりとサングラス越しに見ると、いかにもといったアルファだ。匂いは感じることはできないが、伊達に沢山のアルファを見ているだけあって、雰囲気でわかることもある。高そうなスーツに、これまた高級腕時計。磨き上げられた靴は海外の老舗のブランドのものだ。それに負けないくらいの綺麗な顔の持ち主。
(どこかの会社の社長が真昼間からナンパだなんて)
年齢は自分より十は年上だろうか。男はキキの腕を掴んだまま離さない。キキも抵抗が出来ないのか、振り払うこともしない。
(様子がおかしい)
以前の藤咲との時は、やはり様子が違う。
動けないキキの代わりに、相模は脳をフル稼働させ最善の道を考える。アルファは独占欲が強い。意中のオメガがすでに誰かのものであれば、興味を失うかもしれない。
「お兄さん、質の悪いナンパはダメだって」
そう言って、さもキキの恋人のように腰を抱く。キキもやっと反応して、おずおずと相模に身体を預ける。自分たちが親密なことを相手にアピールする。
「そもそも俺らデート中だから、邪魔しないでくれない?」
サングラスを少しずらして、相手を睨む。虚勢を張るのは得意だ。「手ぇ、どけろよ」と低く唸ると、男がやっと手を放す。男は苦虫を噛みしめた顔をした。
「俺の恋人に勝手に触るな」
キキの腰を支えたまま、壁になるように男の横をすり抜けた。去り際に男は呟く。
「真白、行くな……」
男の声に、キキの肩がビクリと跳ねた。
相模は何も聞こえなかった振りをして、足早にその場を後にした。
「そんな気分じゃ買い物どころじゃないでしょ?」
予定を変更して、相模はキキの自宅へ来ていた。車中は二人とも一言も口を利かなった。
ずっとキキは暗い顔をしていて、拳を白くなるほど握りしめている。
とりあえず相模はキキの手を引いて、ベットの淵に腰掛けさせた。
「何か飲む?」
家主の代わりに甲斐甲斐しく世話を焼く。何度かキキの部屋にはきたが、殺風景な部屋だ。キッチンも生活感がなく、冷蔵庫には小分けにされた食事が用意されているだけ。食器棚にも最低限しか入っておらず、無頓着を通り越して生活していないのではないかと思うほどだ。
戸棚からコップを二つ取り出し、水を注ぐ。
差し出してもキキが受け取らなかったので、近くのミニテーブルへ置いた。
相模はキキの隣ではなく、近くの床に腰を下ろす。
何も話そうとしないキキの横顔をただ見つめる。
(帰った方がいいのだろうか)
でもこのまま帰ることは、何故だがダメな気がした。
(それにあの男の言ってた『真白』って)
『真白』と呼ばれ動揺していたキキを思い出す。『真白』というのがキキの本名なのだとすると、充当に行けばあの男は昔の知り合い。……または、元恋人と考えるのが筋だった。
誰にでも知られたくない過去があるのは相模には痛いほどわかる。ましてや今の仕事仲間に不可抗力で知られてしまって動揺を隠せないのだろう。
黙っている振りもできたけど、どうしてかそれはしたくなかった。
「……『真白』ってキキの本名?」
相模がそう言うと、キキはコクンと一度だけ頷いた。
「あの男は誰?」
そう聞いてもキキは口を固く閉ざし、何も話そうとしない。
「昔の男?」
キキは首を横に振った。
「でも、キキの事知ってる人なんだよね……?」
相模がそう言うとまたキキは黙り込む。会話もなく、ただ空虚な時間だけが流れる。無理に答えを聞くようなことはしない。相模はキキが話すまで待とうと思った。
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