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夢中⑵

 時折、以前の俺と彼の仲を知る友達が、俺に慰めの言葉を掛けてくれた。 『お前がオメガだったら、結城と結ばれたかもな』  その言葉は悪意のない、むしろ優しさに溢れたものなのだ。だって、その友人たちは俺がオメガ性であることを知らない。バース性の前には、アルファはオメガに惹かれることは仕方がなく、お前に魅力がないわけじゃないと言ってくれている。……でも、本当は、俺はバース性ではなく、「運命」に負けたのだった。  オメガになってからも、なる前にも、ただの一度も「好き」と言ったことはなかった。だが、一度だけ、結城がその相手と親しくなり始めた頃(今思うと、自分が退院する頃にはもうすでに仲を深めていたのだろう)、俺は彼に思い切って尋ねた。 『どうして俺がいるのに、そいつと仲良くするの?』  そしたら彼は、何の躊躇いもなく答えた。 『あの子は俺の運命なんだ。お前からは、あの子のような匂いがしないんだ』  あっけないその一言で、長年の俺の初恋は告げることもなく幕を閉じたのだった。  その言葉は、俺の心を打ち壊すだけではなく、俺の身体を蝕んだ。  彼は「いらない」と言ったわけじゃない。でも、選んではくれなかった。 どんどんと考えが悪い方へと転がっていき、終いには「自身は不要品なのだ」という考えが心の奥底に根付いてしまった。やがて、精神的なストレスは、急なバース性の変化と相まって俺を内側から壊していく。  笑えない、話せない。  食欲がわかない、睡眠もとれない。  このまま消えて、なくなりたい。  お前無しじゃ、生きていけない。  オメガになってくるはずの発情期が、何か月過ぎても来なかった。いくら経っても来ない。  異変に気付いた親に連れられ、病院で検査を受けた。  医者は訝しげな顔で、エコー画像を見ながら、子宮があまりにも小さすぎることを俺に伝えた。診断結果は、ストレスによる子宮および卵巣の発達と機能不全。将来的に子供を授かることは難しいだろう、とも。  自分は種としても、不要品になってしまったのだった。  今の自分の名前はキキだった。もちろん、本名ではない芸名だ。俺を拾った社長が、響きが綺麗で君っぽいとつけた名前で、まずまずだが気に入っていた。  モデルとしての自分は、偽りの顔で名声を欲しいままにしている。 _本当の「俺」を、誰一人として、知らない。 「……久しぶりに昔の夢を見た」  どうやら泣いていたようで、目元がひりひりと痛んだ。  それに何か背中に暖かいものを感じる。自分のお腹には腕が回されていた。  向きを変えると、相模がすやすやと寝息を立てている。どうやら昨晩は、相模の胸で泣いたまま、自分は寝てしまったらしい。  急に思い出して顔が赤くなる。良い年をした大人が、年下の前であんなに泣くなんて。  ベッドを抜け出し、カフェインレスのコーヒーを入れる。  それに口をつけながら、なぜ相模に話してしまったのかを考える。 (誰にも『自分』のことは知られずに、死んでいくのだと思っていた……)  二十歳を過ぎて、社長と会った頃にはもうすでに自分は「キキ」だった。 名前がないから、好きに呼んでと言っていたあの頃。社長は何か訳ありなのは見抜いていると思うが、深く聞いてくることはなかった。  相模以外の誰にも、自身の秘密を今まで誰にも話したことはない。それは、信用度の問題ではなく、単に、自分は他人に心配してほしいわけではないからだ。こんなバカげた話を、真剣に聞いてくれる人もいないと思っていた。聞いても、理解してもらえないだろうと。 (じゃあなんで、相模には聞いて欲しいと思ったんだろう)  相模が起きるまで、ずっとその理由をキキは考えていた。

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