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7,遊泳
相模の予想に反して、キキとの関係は続いていた。避けられるかもしれない、と相模は考えていたのだ。自分の過去を捨てたい人間ならば、自分の過去を知る相手とは一緒に居たくないだろうと思ったからだ。相模自身は悪用するつもりも、他言するつもりも全くなかったが、キキが付き合いをやめたいというのなら受け入れるつもりだった。
さらに驚きなことに、以前は相模から誘うばかりであったが、あの一件からはキキの方から相模を誘ってくれることも多くなった。誘うと言っても、「知り合いが相模の好きそうなものを教えてくれた」という具合で、婉曲的だ。それでも、自分のことを考えてくれたことが嬉しい。知り合いって誰? など意地悪く聞けば、キキは拗ねてしまうような気がした。
「水族館ってこんなに人が多いものだっけ?」
今日は、相模はキキと都内近郊の水族館に来ていた。
「休日だし仕方がないかもね」
相模もキキも、仕事柄あまり休日に曜日は関係がない。曜日感覚が狂っている節もあるので、出かけてからその人の多さに気づかされること多い。
「最近のイルカショーって夜もやってるんだね。知らなかった」
キキはパンフレットを見ながら言う。相模は事前にいろいろ調べていたので知っていたが、帰りが少し遅くなってしまうのであえて言わずにいた。
「夜の部がいい? 俺も見たことないから興味あるけど。帰りの時間考えると昼かなーって」
「そうだね、君明日午後から仕事だもんね」
「ごめん」
「謝らなくていいよ、またこれば良いし。……昼間のイルカの方が、元気がありそうだし」
ショースケジュールを見ると、昼間は意外と多い回数を行うみたいだった。「イルカもなかなかにハードスケジュールなんだね」、とキキは笑う。
イルカショーは午後の昼時を過ぎた回を見ることにして、それまでは館内の水槽を見て回ることにした。
「あんまり水族館にきたことないから何から見ればいいかわからないな」
「順番に歩いてればいいと思うよ。どれも綺麗だと思うし。ふれあいコーナーとかもあるみたい」
入口のトンネル型の水槽をくぐった時の、キキのあの輝いた目を思い出す。相模の前だからか、目に見えてはしゃいでいる様子はないが、ずっとパンフレットを離さないところを見るとわくわくしているのがひしひしと伝わってくる。
「パンフレットは没収ね」
キキにもっと色々なものを見てほしくて、パンフレットをその手から奪う。先ほどまで何か握っていた癖が抜けないのか、キキはずっと肩にかけたカバンのベルトに手を掛けていた。
「そんなに手が寂しいなら、手でもつなぐ?」と、自信のあるアルファなら言うのだろうかと、相模は一人馬鹿みたいなことを考える。
こんなデートみたいなことをしていながら、自分たちは恋人ではなく友人だ。
相模のキキに対する気持ちはより強くなるばかりで、いっそ好きだと言いたかった。だが、キキは恋愛に対して後ろ向きのように感じ、言えずにいる。
(どうせ言っても困らせるだけだ)
仕事仲間ということもあって、今後も関わり合いがある相手から言い寄られるのは気持ちのいいものではないだろう。自分たちが今こうして入れるのは、友人だからこそだからだ。
それに加えて、あの男_結城のことが相模にはずっと気がかりだった。
結城は、キキではないにしても、過去にキキが好きだった男だ。
相手側は未練があるように思えたし、キキの中にいる真白も、たぶん引きずったままだ。キキの結城に対する気持ちは聞けずじまいで、どういった類のものなのかわからない。もし、復縁を迫られれば、キキは受け入れるのだろうか。
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