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遊泳⑶
「可愛かったね」
キキはあっけらかんとそう言った。子供を抱いていたせいで服はぐしゃぐしゃだ。
「キキって子供の扱いに慣れてるんだね。なんか、……」
相模は、意外と言いそうになり、急いで口を噤む。だが、キキは相模の言いたいことがわかるらしくその訳を教えてくれた。
「社長に娘さんがいて、お手伝いしてるときによく相手をしてたから」
「そうなんだ」
「今はあの子よりも大きくなってるから、抱っこなんて久しぶりにしたよ。流石に重いね」
上腕を擦りながらキキは言うが、表情はどこか嬉しそうだった。
「俺は弟も妹もいないからあんまり子供と接する機会がないから全然だめだ。役で保父さんとか来たらどうしよう、全然ダメかもしれない」
相模の、少し歳の離れた兄は去年結婚したが、子供はまだいない。ドラマで子役と接する機会はあるが、ある程度しっかりしている子供ばかりで、泣いた子供を相手にしたことはない。
「子供に囲まれる君を想像すると面白い」
キキはくすくすと笑った。
「キキは子供好きなの?」
「うん。好きだよ。可愛いし」
だったら子供は欲しくないのか? と自然な流れで聞きそうになったが、今度は寸でのところで思いとどまる。
『おかげで、僕子供産めないんだ』
あの日のキキの言葉を思い出す。
子どもが産めないという人に対して、欲しくないのと聞くのはあまりにも無神経すぎる。
急に黙り込んだ相模に、キキはどうしたのかと尋ねた。
「いや、何でもない」
気の利いた返しが出来なくて、そうごまかした。
自分はベータだからか、子供を儲けるということは、結婚するということに直結する。もちろん、結婚せずとも子供はつくることができることは流石に理解している。
だが、「番」というアルファとオメガの間にある特殊な関係性は、ベータからすると縁がない。「番」になることを、一般に番契約を結ぶというが、番契約は法律で縛られる結婚とはまた意味の異なるものだ。法ではなく、自分たちの意志でお互いを縛る。
番契約を結んでも、結婚していない人は少なからずいるらしい。
中には、複数番のいるアルファは、一人とだけ籍を入れて、ほかに愛人として囲っている者もいると聞く。
芸能界という華々しい環境に身を置いていることもあり、一般の人に比べればアルファやオメガに出会う機会は多い。街中を歩いたところで、エリートのアルファに出会うことはあるかもしれないが、オメガにはまず会わないだろう。もともとオメガはその個体数がアルファやベータに比べて圧倒的に少ない。オメガと番いたいアルファは多く、義務教育を終えるとほとんどがアルファに身請けされる。
さすがに近年ではオメガの意志も尊重され、親の都合での番契約など、不当な扱いを受けることはなくなってきてはいるみたいだが、なくなってはいないのが現状である。
それに、番契約の中でも、『運命の番』と番うことにロマンを感じているアルファは多い。
相模の知り合いのアルファも長年その番を探している。もっともそいつは厄介なことに博愛主義者でもあるので、操を立てるわけでもなく恋人は途切れない。
「『運命の番』か……」
その運命の相手と番える者は少ない。どこにいるかもわからないので、会えずに一生を終える者もいる。結城という男は巡り合えたようだが、それは奇跡に近かった。
(好きという感情は、運命の力には敵わないのだろうか)
相模には、仮に自分がアルファで、『運命の番』に出会った時、それまで好きだった相手を簡単に切り捨てることが出来るのかわからない。それまでにあった情はどこに行くのだろう。消え果てしまうことも、塗り替えられることもないような気がするのだ。
相模のその考えは、佐伯という男を見ているとそう強く思うのだった。
キキはオメガだから、キキにも運命の相手がいる。
そして、その相手はベータの相模ではない。
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