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激浪⑵

 どうやって二人に接触しようか考えあぐねていた時、自分の会社が、新規事業のPRタレントとして相模圭一を採用したことを佐伯は知った。  そのチャンスに佐伯は食いついた。重役の自分がわざわざ挨拶に出向くことなどまずない。だが自然に相模と接触するいい機会だった。  その日、佐伯の姿を見るなり、相模は自分のことが誰だかすぐに気づいたようだった。 (それならば話は早い)  相模にだけわかるよう、「先日はどうも」と伝えた。  そのあとの食事会では、ベータであることをネタに真白について聞き出そうと思っていたのに、返り討ちにあってしまった。尤も、相模が実のところベータだろうが、アルファだろうがどうでもいい。ベータならありがたいな、と言った具合だ。  相模は真白と友人関係だと言っていたが、もし恋人の関係になっても、ベータなら番うことはできない。いつでも奪うことが出来るということだ。所詮ベータとオメガのカップルなど、恋愛の真似事でしかない。「番」という関係性の前には婚姻関係など薄っぺらいものだ。 『そんなに好きで、愛していたのであれば、噛んであげればよかったじゃないですか』  相模の言葉がこだまする。 「人の事情も知らないくせによく言う」  結婚が意志と関係なく結べる関係なら、番契約は意志がなければ結べないものだ。  自分一人の暴走した気持ちで噛んだとしても、一生相手を苦しめるだけだ。  不幸にすることがわかっていて噛むなど阿保のすることだ。 (所詮ベータにはわからない)  好きと言う言葉は厄介だ。愛も同様に。  その何かをわからないくせに、自分はずっとそれに執着している。 ***  キキのもとへ新しい仕事が舞い込んできた。新たに雑誌が創刊されることになり、その目玉企画にキキは呼ばれることとなった。なんと、相模と二人がメインの企画で、表紙になるらしい。雑誌の名前は『Un:』。コンセプトは「uni」で、英語で「単一」という意味だ。語源であるラテン語の意味としては、「一つ」らしい。もともとあったものが調和するのではなく、あたかも最初から一緒だったような、自身の一部としてのファッションを提案する。  なぜキキと相模が抜擢されたのかを企画担当者に聞くと、「編集長がお二人の写真を見てビビビッときたそうです!」と言われた。  今日は撮影当日、ちゃんと自分が出来るかキキは不安だった。  今までは商品を魅せることをメインに重きを置いていたが、今回は雑誌のコンセプトを表現しなければいけない。自分もその一部となって体現することはいつもと異なる。  妙に落ち着かず、さっきからずっと入口の方を見てしまう。相模はまだやってこない。 (なんで相模のこと探してるの……。この前から変だ、僕)  相模が自分の秘密を知っている唯一の人だからか、相模の傍は居心地がいい。交友関係がこんなに続くのも初めての経験だった。出かけると楽しい。相模にも楽しんで欲しい。  時折相模から熱を帯びた視線を感じる気もするが、気づかないふりをしている。相模の好意は嬉しい。でも、今の関係性を手放したくないというのがキキの正直な気持ちだった。 「キキ!」  衣装に着替えた相模がスタジオに入って来た。傍へ寄ると、「緊張してるの?」と頬を撫でられた。最近やけにスキンシップが多くなった気もする。 「別にしてない」  スタッフもいる前で甘い雰囲気になることが恥ずかしくて、ぶっきらぼうに返す。  本当は気づいてくれて嬉しかった。  でも、自分のそんな気持ちに気づかれるのが嫌で相模の手から逃れる。そんなキキを相模は「珍しく照れてる」と揶揄した。  すでにキキは衣装に着替えているので、最終打ち合わせと確認が行われ、撮影が始まる。  二人のゴシック調の純白の衣装に合わせ、部屋のセットも純白でそろえられている。ファーのソファーもレースカーテンも、床も何もかも。二人が腰を下ろしてる周りには白い羽がいくつも置かれている。すべてが純白な空間の中で、血の通って二人だけがそこに息づく。  向きあって見つめ合ったり、背中合わせで指を絡めたり。  キキが膝立ちになって、そこに相模が凭れ掛かるなど、様々な構図で世界を表現していく。相模に後ろから抱きしめられた時、ふいに抱かれて眠った時のことを思い出して、キキの顔が熱くなる。 「キキ?」  キキの表情が変わり、視線が熱を帯びる。目元が色づいたのを、カメラマンは見逃さなかった。そのまままたいくつもポーズを要求される。一度顔を冷やしたかったが、そのまま撮影は続き、顔のほてりが収まらぬままOKのサインが出てしまった。 「いやー、いい写真が撮れたよ」  モニターに艶やかな二人が映っていた。白しか色はないはずなのに、そうとは思えないほど妖艶で、綺麗で、美しい。 「どれを表紙にしようか悩むな……」  そのあとはそれぞれ個別のイメージカットを取り、撮影を終えた。

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