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10,淵瀬
『綺麗って意味だよ』
今まで何回も言われて聞きなれた言葉なのに、相模のあの言葉が耳に染み付いて離れない。
相模の言葉は魔法だ。自分が本当に綺麗なもののように感じる。
ここ数週間、相模は本業が忙しく、会えない日々が続いてた。キキは冷却時間にこれ幸いと思っていたが、相模のことばかり考えてしまう。おまけに、会いたいという気持ちが募り、むしろ逆効果なのではと思う程だ。
(いい加減、自覚すべきなのかな)
自分の中に、こんな感情があるなんて知らなかった。恋心など、過去と一緒に凍てついてしまったのだと、そう思っていた。
キキに人間的な感情を与えてくれるのはいつだって相模だ。泣いてもいいなど、大人になってから誰にも言われたことはなかった。社長や吉沢含め、周囲の人間にはキキは強い人間だと思われている節がある。でも実際はただ強がっているだけで、人一倍脆い。
そんなキキの本質ともいえるべき素質を相模は見抜いているのか、キキを壊れ物ように扱う。会えない間もこまめにメッセージをくれるなど、優しい。
(やっと会えるけど、どんな顔をすればいいんだろう)
待ち合わせの十五分前に来てしまったが、心臓がうるさい。こんなこと今まで一度もなかったのに、意識し始めた途端この調子だ。
(相模もわざわざメッセージで話したいことがある、とか言うし)
上品な店に行ってもいいように、服はシックなものにした。期待している気持ちを前面に表しているみたいで、それも気恥ずかしい。
「キキ、お待たせ」
クラクションを鳴らされる。車に乗った相模が現れた。
「ううん、今来たところ」
助手席の扉を開けて車内に乗り込む。今日はドライブをすることになっていた。
「久しぶり」とキキが言うと、相模も「久しぶり」と返した。
「どこに連れて行ってくれるの?」
「んー、秘密」
キキが尋ねても相模は教えてくれなかった。
行き先もわからぬまま、相模の運転する車に揺られる。道中は会えない間にあったことをお互いに話した。相模はドラマの撮影ロケだったらしく、その演者の裏話を面白おかしく教えてくれた。
「そういえば、佐伯さんとこの前会ったよ」
「佐伯って……」
突然出た名前に、キキは驚きを隠せない。なぜ相模が佐伯と会うような事態になるのか。
「ああ安心して、新しく決まったクライアントのお偉いさんだったんだ、あの人。仕事で会っただけ」
「向こうは気づいてなかった?」
かつて相模はベータの姿で佐伯と遭遇してしまっている。相模が同一人物と知られれば大スキャンダルだ。
「あの人すごいね、一瞬で見抜かれたよ」
「じゃあ相模がベータだってバレ……」
「そんな心配そうな顔をしないで。ちゃんと誤魔化したし、それに第一俺のバース性なんてどうでもいいみたいだったから」
「そう……」
相模がそういうものの、キキの不安は募るばかりだ。佐伯が何か自分のせいで、相模に危害を加えたらと思うと気が気じゃない。
「それっていつの話?」
「一カ月くらいは前かな」
「なんでもっと早く言わないの!」
思わず大きな声が出てしまった。
相模には頼りがいがないように自分が見えるのだろうか。
キキの反応に相模は少しびっくりしている。大きな声を出してごめん、と言うと相模は驚いただけだから気にしないでと言った。
「俺よりもキキの方は佐伯さんに何もされてない? 少し煽るようなことを言っちゃったから」
相模はとても心配そうな声で尋ねてきた。
煽ったとは一体どういうことか。相模が感情的になる姿はあまり想像できない。
「佐伯からのアクションは何もないけど。なんて言ったの」
「うーん、それはちょっと言えないな」
相模は佐伯と何を話したのだろう。内容は教える気はないようだ。
「…あの人、キキのことも調べ上げてると思う。だから気を付けて」
相模は少し言いにくそうにそう言った。
(相模が話したいことがあるって言っていたけど、このことだったのか)
確かに外でできる話ではない。
昔に走る車のなかは秘密話に最適と、誰かに教えてもらったような気がする。
そのためにわざわざせっかくのオフに相模はドライブに誘ってくれたのだろうか。
「わざわざごめんね。疲れてるのに……」
「どういうこと?」
「この話ために誘ってくれたんじゃないの?」
「…まあそれもあるけど。ドライブはキキと行きたい場所があったから」
「さあ、着きましたよ」と、言われ外を見ると、海が見えた。
「海…、」
「冬だから泳げないけど、キキと来てみたくて。寒いけど、お付き合い願えますか?」
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