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淵瀬⑵
海沿いに砂浜を相模と連れ立って歩く。久しぶりに嗅ぐ汐の匂い。
「意外と人がいるんだね、こんなに寒いのに」
風が吹くと少し肌寒い。周りに行く人はみな防寒対策をしていたが、聞かされていなかったこともありキキの装備は乏しい。
「寒い?」
「ちょっとね」
キキが答えると、相模は自身のつけていたマフラーを外し、キキの首にかける。相模の熱がほのかに移っていて暖かい。
「コレつつけてて」
「ありがとう……」
照れた顔を隠すように、マフラーをもって頬を埋める。
洗剤の匂いに交じって、相模の匂いがした。
「さ、……、寒くない?」
「相模は寒くない?」と思わず名前を呼びかけてしまった。周りに人もいるし、最新の注意を払わなければいけない。名前が呼べないということが、酷くもどかしかった。
「? 寒くないよ。マフラーもっておいでって言えばよかったね」
相模は笑っているが、鼻先は赤い。温めてあげたいと思うが、術がなかった。
「どうして僕と海に来たかったの?」
「どうしてだろ。この前のロケ地も海で、その時なぜかキキの顔が浮かんだんだよね。そしたらキキとも来てみたいなって思って」
その言葉にキキは嬉しくなる。
相模も会えない間に自身のことを思い出してくれたことが嬉しかった。
「前に水族館に行ったからかな」
「そうかもね」
相模と海関連の話をしたことはない気がする。思い当たるのは以前の水族館だ。
『綺麗って意味だよ』
(まただ……)
気を抜くとすぐにこの調子だ。自分から思い出すことなんて言わなければよかった。
「サンセットまで時間もあるし、近くにカフェがあるから移動しよう。そろそろおなか減ったでしょ」
相模の提案に、うんと頷き返した。
カフェで食事をして、日暮れまでのんびりと過ごす。当初の予定ではサンセットは外で見る予定だったが、あまりに寒かったため車内で見ることにした。
「綺麗だったね」
帰りの車内で、水平線に沈んでいく夕陽を思い出す。
「秋は夕暮れっていうけど、冬の夕暮れも俺はすきだなあ」
「日没と夕暮れはまた別じゃない?」
「そうなの?」
二人でそんな話をしながらキキの自宅へ向かう。食べて帰ってもよかったが、久しぶりに外で遊んだこともあり、夜は家で気兼ねなく過ごしたかった。
途中立ち寄ったスーパーで食料と酒を調達する。
「キキの家って調理器具って何があったっけ」
「えと、フライパンと鍋は一応あった気がする」
「パスタは茹でられる大きさ?」
「どうかな、自炊しないから」
キキはあまり料理が得意ではない。何度か挑戦したことはあるが美味しくないものを食べるのが嫌ですぐに作らなくなってしまった。
つい数か月前までは皿も最低限しかなかったが、相模がいくつかプレゼントしてくれたので数は少し増えた。
相模は「最悪折ってショートパスタにすればいいや」と、カゴにパスタの麵を入れた。次々に具材と思しきものが投入されていく。キキは好きかどうか聞かれるたび、それに懸命に応える。相模はその様子を面白そうに笑って見ていた。
「料理って大変だね」
「そうかな? 美味しいもの食べると元気でない?」
「そうだけど、組み合わせとか考えるのってこう、労力使うじゃん」
これから作ってもらうのに少々気は引けるが、キキは思ったままを伝えた。
相模の表情を伺ったが怒った様子はない。
「そりゃ手の込んだものを作ろうとすればそれなりに疲れるけど、パスタは茹でればできるし。ペペロンチーノなんて、オリーブオイルと塩と唐辛子があれば作れるから。欲を言えばパセリも欲しいけど」
「そうなんだ……」
「ほかに何か食べたいものとかある? とりあえずパスタに合わせてカプレーゼと、バケットをつまみに買うけど。お肉とか食べたい? ああでもグリルないしなキキの家」
お惣菜を買ってもいいよ、という相模の申し出をキキは断った。
「今日はせっかくだから君の手料理が食べたい」
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