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淵瀬⑶

 家について、手際よく相模はパスタを作る。白菜とチキンのクリームパスタはシンプルだがとても美味しかった。バケットにもアンチョビのペーストが載せられており、程よい塩加減に一緒に買ったワインが進む。  ワイングラスはひっそりとキキが相模のために買っておいたものだ。 たまに一緒に飲む中ではあったし、ただのグラスでは少し味気ないような気がしていた。だがつまらない意地のせいか、相模には貰い物だと言った。 「美味しいね。こんなに美味しいご飯は久しぶり」 「喜んでもらえてよかった。最初から決まってたら家から色々持って来たんだけど」 「相模ってそんなに料理得意なの?」 「大学生の時に上京してきたんだけど、それからは一人暮らしだったから。母さんも料理が好きな人で、実家にいるときから二人で料理もしていたし」 「そうなんだ。何が得意料理なの」 「パスタとかは簡単にできて外れないから割とつくるけど。べたにカレーかな」 「カレーか、久しく食べてないかも」 「じゃあ今度作ってあげる」  酒の力もあってかいつもより会話が弾む。お互いに珍しく明日もオフだから時間も気にしなくていい。相模もいつもよりも飲んでいるようで上機嫌に見えた。 (やっぱり、相模の隣は心地いい)  二人はソファではなく床に座っていた。ソファに腰掛けてしまうと、微妙に背の低いミニテーブルでは不自然に腰を折ることになり相性が悪い。カーペットに横並びに座っていた。  酒が回り始めたのか上体が揺れた。バランスが崩れ、相模の肩口に凭れ掛かるような体制になる。だが相模は嫌な顔をするわけでもなく、そのままキキの腰に後ろから手をまわして引き寄せた 。 「酔ってるの?」 「少しだけ…、相模も酔ってるんじゃない?」  嫌な気はしなかったのでそのまま会話を続けた。  少しこの年下の男に甘えてみたいと思うのは酒のせいだろうか。 「そうかも、なんか緊張してたからか今日は酔いが回るのが早い気がする」  相模の顔はやけに赤い。吐く息も熱いような気がする。 「お水飲む? 入れてこようか」  立ち上がってキッチンに行こうとすると手首を掴まれる。 「もう少し、このままでいたい」  子どものように上目遣いでそう言われ、キキは断ることが出来なかった。 (相当仕事で疲れてたのかな。いつもよりお子様だ)  相模はキキと出かけると、なんだか学生のような雰囲気になる。大学を卒業したての二十三歳なので当然と言えば当然なのだが、今日はもっと幼く感じた。  いい子いい子、と相模の頭を撫でた。 「キキも相当酔ってるね」 「酔ってないよ、なんか撫でたくなって」 (相模は犬っぽいかもしれない)  近くにいて触れたいなんて、相模に対して特別な感情があるのはやはり明白だった。だがキキはそれに気づいても、素直に受け入れることは簡単にはできなかった。 (もう傷つきたくない) (それに、相模を失うことが怖い)  相模はまだ若い。相模が自分に懐いてくれているのは自分が年上だということもあるだろう。相模の秘密を知っていて、キキは相模の良い理解者だ。相模もまた孤独に生きている人間なので、お互い心の隙を埋め合っているのかもしれない。  相模が以前付き合っていたのは女性だと聞いた。自分がオメガであっても、子どもは望めない。相模がパートナーにそれを望むのであれば、自分はその立場にはなれない。 (変なの、まだ好きとも言われていないのに)  付き合ってからのことを色々考えて、勝手に落ち込む自分がおかしく思えて仕方がなかった。 「どうかしたの?」 「…ううん、なんでもないよ」 (思ったよりお酒が回っているのかもしれない)  この甘い雰囲気にいつまでも浸っていたくて、キキは一人杯を重ねた。

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