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淵瀬⑷

***  同期の俳優仲間である色川に相談にのって欲しいと直々に頼まれ、相模は居酒屋に来ていた。色川も相模に負けず劣らずの人気があり、クールな顔と性格で女性人気が高い。歳は二十六と少し相模より年上だが、気さくな一面があり、相模は兄のように慕っている。 「今日はごめんな、奢りだから何でも好きなの頼めよ」  色川は見た目とは裏腹に、お洒落で落ち着いた店よりも大衆居酒屋のようなガヤガヤとして 騒がしい店を好む。喧噪があったほうが気楽で着心地がいいという。 「相談ってどうしたんですか」  相模は色川との付き合いも長く、過去に何回か共演している。今制作中のドラマでは色川とのダブル主演が決まっていた。同期だが劇団生活が長かった色川は自分よりも演技は上手い。そんな男が自分に対して何か俳優業で相談があるとは思えない。なんとなく察しはつく。 「いやぁ、ちょっと恋愛方面で悩んでいまして」 「またですか」  色川はアルファだ。男女ともにとにかくモテまくる。本人の博愛主義な部分も相まって、来るもの拒まず去る者追わずと、付き合う相手がころころと変わる。もっとも、それは、色川が目移りするからではなく、本来の色川の姿に幻滅した相手が去っていくからではあったが。  素の色川にクールの文字は一文字もなく、ただただだらしない。「俳優」の色川に惚れている相手からすると聞いてないとなるのだろう。  別れる度こうして相模は色川の相談にのる羽目になっている始末だ。  いい加減学習すればいいのではないか、と相模は思う。 「毎度のことなんだけど、そいつに『キャラが違いすぎる』って言われたんだ。言われ慣れてるのに、なんか今回のは特にキちゃって」 「なんで?」 「ちょっとそいつ変な奴でさ。大っぴらには言えないんだけど、俺のマネージャーなんだ」 「ついにそんな身近に手を出したのか⁉」  相手が予想外だっただけに思わず反応も大きくなる。 「バカ、まだ付き合ったりはしてねぇよ。ただ、向こうが好き好きって追い回してきてたんだよ。その挙句専属マネージャーになったくせに、俺の本性を知った途端それは違う、みたいな態度をとられてんの。ちょっとずついいなって思ってたのに最近やけに冷たい」  泣き演技付きで事情を話す色川。  そのマネージャーの執念に感服するしかできない。好きだからとマネージャーにまで登りつめるって一体どんな手腕を使ったんだ。 「追い回してたって、どういうこと? ストーカーとか?」  相模が聞くと、色川は躊躇いがちに応えた。 「……元ファン」 「ファンの子に手を出したの⁉」  あまりの驚きに相模は目をぱちくりさせる。色川のポリシーとしてどれだけ好みの子がファンの中にいても、決して手を出さないというものがあった。それだけは守っていた男だけに、その相手は色川にとって相当大きな存在なのかもしれない。 (いやこの場合はファンが手を出してきたのか?)  ファンから専属マネージャーになるくらいなのだから、よっぽど「俳優の色川誠一」のことが好きなのだろう。現実の相手がそれとかけ離れているとわかれば悲しくなる気持ちも容易に想像できた。色川自身に人間的な問題は全くないが、相手には気の毒と言うしかない。  それまで崇拝していたものが偽りの姿だと分かった時の、あの目に見える落胆は、辛い。  勝手に期待していただけだろうと、開き直ることが出来ればまた別なのかもしれないが、何でもない相手から向けられるのと、好いていてくれていた人から向けられるのは全く違う。 「俺だって最初は元ファンだし、ガキだし、相手にしてなかったんだけど。ふとした瞬間に可愛いな、とか、もうちょっと仲良くしたいなとか思うようになってさ」  その気持ちは相模にもわかる。自分も、キキに対して同じように思うことがあった。  それが過去形なのは、今ではもう抑えきれないくらいにキキのことを愛おしく思っているから。でも、なかなか気持ちは伝えられないままだ。 「男の子? それとも女の子? どちらにせよ優しくしてあげなよ」  色川は気を許した相手には途端に素っ気なくなる。気を遣わなくなると言った方が正しいかもしれない。気遣いに満ち溢れていた言動も、少し横柄な物言いに聞こえてしまう。 「男のオメガ」 「もしかして、『運命の番』?」  色川は『運命の番』を探し求めるロマンチストな性格の持ち主でもあった。ただ、出会える確率は低く、都市伝説のようになっているので、恋愛とはまた別に考えているらしい。恋愛をするなら自分のことを好きな相手と、でも伴侶は『運命の番』がいいと言っていた。  その男が、自身を冷たくあしらう人間に対して興味を持っている。ならば、その相手は色川の探し求める存在ではないのだろうか。 「いや、あれは違うな。別に今までのオメガと変わらない」 「匂いがってこと?」 「そう。好きな匂いではあるけど、格段にいい匂いがするっていうわけでもない」  『運命の番』の匂いは特別な匂いだと言われている。お互いにしかわからない。  色川曰く、大体のオメガのフェロモンの匂いは濃度の差はあっても、甘い匂いという一辺倒なものらしい。その中でも好みの匂いがあるという具合で、好みであればより遺伝子レベルで相性が良いものだとされている。  相模はベータなのでその辺の事情はよくわからないので、聞かれるとあまり鼻が利かないと答えるようにしている。  種のデリケートな問題なので踏み込んでくる人はいない。   「じゃあその子とは付き合っても、結婚はしないってことだよね」 「まあ今まで通りだとそうかな。正直、良いなとは思うけどいまはそれ以上でもそれ以下でもないというか。冷たくされて悲しいだけで」  「あとGPSで四六時中監視されてるから付き合うとどうなるかわからない」と色川は漏らす。なかなか大変そうな相手らしい。  『運命の番』どころか、「番」の特別性すら相模はわからない。  ふと、佐伯の顔が脳裏に浮かんだ。

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