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淵瀬⑸

「『運命の番』よりも、好きになることってありえるのかな」 「どういうこと?」 「いや、その、俺も会ったことがないから上手くは言えないんだけど。運命が自分たちを幸せにしてくれるわけじゃないからさ。好きな子と一緒に入れることの方が幸せなんじゃないかなって思うし。番になれなくても、好きな気持ちは変わらないと思う。ただそれが、なんで『運命の番』になると、それが最優位にきてしまうのかなって」  佐伯はきっと、佐伯なりに真白のことを好きだったとは思うのだ。けれども、佐伯は結局真白ではなくて『運命の番』を選んだ。  相模の恋愛観はベータの恋愛観が如実に反映されている。  自分にとっての恋愛における幸せとは、好きな相手と一緒に居れることだ。お互いを理解し尊重したうえで、対等な立場を築くことは大切なことだと思う。アルファとオメガの間には目に見える力関係があるので、そう言った関係性はそもそもない。  キキにとっての幸せは違う形をしているはずだ。そこに何事にも代えがたい「番」という関係があるなら仕方がないことである。自分はそれをキキに与えることはできない。  相模がキキに気持ちを伝えられない理由はそこにあった。 「『運命の番』だからより好きになるっていうのは、また違うと俺は思うけど。より強く惹かれ合ったり、離れがたいなと思うだけで、実際はそこに何の感情もないのかもしれない」 「何もないって」 「一目ぼれみたいなものじゃない? あれって、可愛いから一目ぼれ、好きだから一目ぼれするわけじゃない。見た瞬間に欲しいって思うものだろ」  さらに色川は続ける。 「情は沸くかもしれないけど、過去に付き合った相手の方が何倍も好きかもしれないぜ」  恋多き男である色川の答えはどこか的を得ている気がした。  相模も好きだと言われて付き合った子が一人いるが、その子よりも何もなかった初恋の相手の方が好きだったように思う。 (過去に付き合った相手の方が何倍も)  佐伯のあの態度はそう言うことなのだろうか。  もし『運命の番』以上に、真白のことを求めているのだとしたら。そして、それを真白が知ればそれが二人にとっての幸せなのではないだろうか。 「幸せって何なんだろうな……」  独り言のように相模は呟いた。  どれだけ自分に言い訳しても、キキへの想いは消せない。募るばかりで、捨てる宛もない。 (自分がアルファなら、こんなことで悩んだりしないのだろうか) 「相模?」  急に黙り込む相模に、色川が声を掛けてくる。  なんとなく、相模はキキのことのことを色川に話してみたくなった。 色川も同業者なので詳しいことは言えないが、誰かに聞いて欲しかった。 「俺もさ、最近いいなと思う子がいて」  相模がそう言うと、色川は「それってキキ?」と聞き返してきた。 「なんでキキだと思うの?」 「熱愛報道前に出てたから。お前の初スキャンダルだったし」 「でもあれから何も書かれてないけど」 「それだけ本気ってことじゃないの?」  事情を知る人からするとそう受け取れることを初めて知った。大人しくしている理由はほかにあるのだが、否定するのもおかしいような気がした。  今となっては、本気なのは、事実だ。 「……うん。でも付き合ってないし絶対に言わないで欲しい」 「別に誰にも言わないけどさ、口は堅いし。でも付き合ってないなんて嘘だろ。その時の事情も聞いたけど、何もない方がおかしい」 「本当に何もないし、今も友人として出かけたりするだけ」  相模がそう説明する。  色川は少し怪訝な顔をして訪ねてきた。 「答えずらかったら答えなくていいんだけど、キキって本当はベータ性?」  色川のその言葉に心臓が跳ねる。  しかし、その質問の意図は相模が思うものとは違った。 「いや、キキってアルファの間でも匂いがしないことで有名なんだ。体質もあるけど、誰に聞いても全く匂いがしないっていうから、一部ではそうじゃないかって疑われてる」  キキの身体の事情を相模は知っている。キキがオメガであることは事実だと思うが、それを確証づけるものはない。第一キキの個人的なことを相模が代わりに答えるのもどうかと思う。 「だからあの報道が出た時、いろいろと衝撃だったわけよ。キキが発情期ってことはオメガなのは間違いないってことだしさ」 「まあ本人もあの時は抑制剤を服用していたみたいだし。匂いはしたけど耐えれないほどじゃなかったから」  相模は怪しまれない程度に嘘をついて誤魔化した。 「業界にいるオメガの子の中には抑制剤の常用摂取のせいで匂いが薄い子は多い。でも常にフェロモン自体は発しているから少なからずはするんだけど、キキは極端に薄い。キキは薬が効きすぎる体質ってことかな」  見当違いの推測だったが、キキのフェロモンが薄い理由など知らないままでいい。  その時、ひらめいたのか色川が指をパチンと鳴らした。相模の顔の前に人差し指を立て、したり顔で言う。 「……つまりお前らは『運命の番』だったりして」

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