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淵瀬⑹
アルファとオメガ間での「匂い」と言うものは特別だ。それが他人から特異的であるなら尚更。でも、相模は色川の言葉を否定する。最後の一言を。
「いや、それはないかな」
それはありえないのだ。……なぜなら俺がベータだから。
事情を知らない色川はまだ面白がった様子でいる。どうやら相模が照れ隠しをしているようにしか見えないらしい。
そもそも最初にも断ったが自分たちはそんな関係ですらない。
冷やかしてくる色川の目線がどうにもうざったくて、相模は口を開いた。
「俺はアルファとかオメガだからって惹かれるものではないと思うけど」
我ながら子供っぽいとは思うが、言わずにはいられなかった。
「じゃあキキのことは嫌い? 好きなら好きって、言ってみればいいのに」
「……そう簡単に好きって言える相手じゃないんだ」
好きと言ったからと言って、キキは好きだと返してくれるだろうか。
本当は海へ一緒に行った日に、好きだと言うつもりだった。
でも結局言えなった。
(意気地なし)
酒の力を借りて言うのが情けなく感じてしまって、良い雰囲気にはなったものの、次の言葉は出てこなかった。
訳ありな様子を察したのかそれ以上色川は聞いてくることはない。
モテる男は空気も読めて、どこまでも自分とは別格のような気がした。
別れ際、色川は「お前の気持ちはお前だけのものだ」と言った。
色川なりに励ましてくれているようだった。
(アルファになりたいわけじゃない)
今はもう、アルファになりたいなどと思わなかった。
自分がアルファだったらと考えても無駄なような気がした。
_『相模圭一』ならどうするの。
以前までの自分なら、きっとそう問いかけていた。でも今は違う。
_相模圭一ならどうするの。
そう、自分に問いかけた。
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