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11,垂水

「良かったわね、子宮も卵巣も少しだけど大きくなってる。ホルモン値ともども良好ね」  久々の定期健診、女医はキキにそう告げた。 「本当ですか?」 「ええ」  エコー画像を見ながら、説明される。黒い部分が確かに前回よりも大きくなっているように思う。キキはお腹に手を当てながら「よかった……」と笑顔で言った。 「恋人でもできたのかしら」  女医にそう言われ、相模の顔が浮かんだ。 (まだ告白されたわけじゃないのに)  あの夜いい雰囲気にはなったものの、それ以上のことは何も起こらなかった。  ただ二人、抱き合って眠った。 「その様子じゃできたようね」  早合点する女医に「付き合ってはいません」と抗議した。  以前、そういえば恋人か好きな人を作れと言われたような気もする。 三カ月も前になるのでぼんやりとしか思い出せなかったが。 「じゃあ好きな人はできたのね。及第点くらいはあげるわ」  女医はどこか嬉しそうだった。 「誘発剤も身体にあっているみたいだし、このまま続けていきましょう」 「このまま順調にいけば、僕子ども産めますか?」 「そうね、簡単ではないけど、前よりは兆しが見えたんじゃない。でも焦るのはダメよ、何事にも順序があるから」  女医はお祝いにとエコー画像をくれた。キキはそれを自宅のソファで眺める。  キキは密かに何の改善も見られないようなら、治療は諦めようと思っていた。 今だって子供は欲しい。その気持ちに変わりはない。  でも自分の身体はとっくに悲鳴を上げているような気がしている。身体を正常に働かせるためにはホルモン治療はやめることはできない。けれども、誘発剤で無理に発情期は起こさなくてもいいのではないかと考え始めていたところだった。  結果は良好。諦めずによかったなと、喜びをかみしめる。  もともと自分が子どもに固執するのは、唯一自分自身が望むものだからだ。  きっと真白は、結城以外、何もいらない。  バース性の変化が発覚した時から治療の話は出ていたが、真白は治療を望まなかった。それが真白の意志だと、キキは思うのだ。 (真白……)  真白はキキの半身だ。切っても切れない、自分自身。どれだけ違うと訴えても、その境目は曖昧なものでしかない。そんなこと、自分が一番わかっている。 「僕は相模が好きだけど、真白はそれを許してくれる?」  問いかけたところで答えがないことは知っている。真白は心を閉ざし切ったまま、脳の深い奥底に姿を隠してしまった。 (真白が目を覚ましてしまったら、一体僕はどうなるんだろう)  何の疑いもなく、僕はこのまま存在すると思っていたけど、意識が切り替わったままもう戻れなかったら……?  こんなにも自分は生に固執していたのかと今さらになって思い知らされる。  得体のしれない恐怖がキキを襲う。  誰かに抱きしめて欲しかった。  ここにいると、実感させてほしい。  その時チャイムの音が鳴った。今日は相模が尋ねてくる予定だったと思い出す。 「開けるからちょっと待って」  扉を開けると、そこにいたのは佐伯だった。咄嗟に扉を閉めようと試みたが、足を踏み入れられ失敗に終わる。そのままこじ開けるようにして、佐伯がキキの目の前に立ち憚る。 「ろくに確かめもせず不用心だな」  勝手に来たくせにその言い草は何だと言ってやりたい気分だった。 「そうあからさまにされると傷つく。俺は君と話がしたいんだ」  ここまで来られては知らないと突っ返すこともできない。相模は、佐伯が自分たちのことを調べ上げていると言っていた。だから教えてもいないこの場所に佐伯はいる。 「話って、何ですか。僕はあなたと話すことなんてない」 「聞いてくれるだけでいい」 「あなたが思っている真白はもういない。僕はキキとして生きている」 「そんな言い訳が通じるとでも? 君がなんと言おうと名前を変えても、姿を変えても君は真白だ」  その一言がキキの逆鱗に触れた。 「あなたにはわからない! 僕がどんなつもりでそうしたのか、聞くつもりもない癖に! 何で今さらになって僕の前に現れる!」 「真白」 「その名前で呼ばないで!」  キキがいっそう強い語気で怒鳴る。 「あなたには僕が真白にしか見えないかもしれない。でも、あなたは一ミリでも僕のことなんて見ようともしないじゃないか。僕の存在なんて、あなたは知りもしない!」  目の前の男には「自分」の姿が見えていない。  佐伯が事情など知らないことなどわかっている。 「真白、話を…、」  そう言って佐伯はキキに手を伸ばすが、キキはその手を払った。 「僕は真白じゃない。それ以上今のあなたに言うことはない。これ以上居座るようなら警察を呼びます」

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