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垂水⑶

***  仕事が終わり、キキの家を訪ねた。だが出迎えてくれたキキの表情は固い。 「何かあった?」  なんとなく、検討はついていた。 「佐伯が昼間に、ここへ来たんだ」 「なんて? 何もされなかった?」  目立った外傷はない。部屋のなかも綺麗で争った形跡はなかった。 「話がしたい、そう言われた」  相模は以前に自分が佐伯を焚きつけてしまったことを後悔していた。自分の感情的な行動のせいで、キキに何かあったらと思うと気が気でなかったのだ。それとなくキキのマネージャーである吉沢にも事情を伝え、相模からも周辺警護をするように頼んでいた。  それから時間が少し空いていたから、てっきり諦めたのかと都合よくも考えていたが。嵐の前の静けさだったようだ。 「それで、キキは何か話したの?」  相模が聞くと、キキは首を横に振った。 (それもそうか。キキからすれば話すことはないもんな)  佐伯は執着しているのは真白であってキキではない。佐伯が真白に何を話したいのかはわからないが、復縁するにしても、相手がいない。  佐伯がそれを冷静に理解できるとは思えなかった。  自分が佐伯の立場なら、同じように訳が分からず狼狽えると思う。でもだからって、嫌がる相手に迫ってりはしないけれど。 「佐伯が、僕が真白とは別の、キキだということを知らないのは知っている。でも、佐伯はそれを聞こうともしない。頭に血が上って、追い返した」 「そう」 「……佐伯がどうしても話がしたいからって、名刺を置いていったんだ」  そう言ってキキは佐伯の名刺を相模に差し出した。 「どうすればいいかわからない」  キキは正直な気持ちを相模にぶつけてきた。 捨てることもできるのに、現状手元にあるということは、捨てられなかったということだ。 (どうしてキキは捨てない?)  会いたくないのなら、捨てればいい。それかこれをもって警察に行くこともできる。 (もしかして佐伯に対しての未練があるのか?)  キキと真白は、全くの別人格ではないような気がするのだ。  キキはキキだと思う。それは否定しない。でも、キキはあくまで真白の化身だ。生き方や考え方は全部、真白から得たことの反省でしかない。  だから、佐伯に対して、キキが何らかの形で情のようなものを感じていてもおかしくないとも思うのだ。 「キキは佐伯さんに対して思うことがあるの?」  訊くかどうか迷った末に、相模はそう尋ねた。 「僕は佐伯に対して思うことなんかない。同情も哀れみも、何もないよ」  キキのその答えに相模は人知れず胸を撫でおろす。 「けど、真白は佐伯に未練があると思う」 「それって……」 「でもだからと言って、真白の代わりに佐伯を受け入れるつもりはないんだ。佐伯も、仮にまだ好きでいるとしても、好きなのは真白であって僕じゃない」  その言葉に、すでにもうキキの中では答えが出ているのだと相模は感じた。  キキが何をすべきで、どうしたいのか。  それはキキ自身がもうとっくに見つけているはずだ。 『どうすればいいかわからないんだ』  そう言ってキキは名刺を差し出した。だが迷っているのは捨てるかどうかではない。  相模にできることは、その選択肢を後押しすることだけだ。  キキの両手を掬い上げ、自身の額に当てる。 「相模…?」 「キキ、キキの気持ちは、キキのものだよ」  いつかに色川が言ってくれたのと同じようにキキを諭す。  君は誰のものでもない。佐伯のものでも、真白のものでも。 「キキが決めたなら、信じてそうするしかないよ」  相模の言葉に、迷いはなかった。

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