42 / 47
12,泡沫【最終話】
「こうしてまた会えて嬉しいよ」
キキはあの後すぐに佐伯に連絡をした。
会って話をしたいと、自分から申し出たのだった。だが、キキは思い出話をする気などない。佐伯の話を聞いたうえで、どうしても伝えたいことがあったのだ。
仕事や発情期が立て続けに重なってしまったこともあり合う日は離れてしまった。
場所は佐伯が選んだ料亭の一室。部屋がそれぞれ分かれていて、自分たち二人以外は誰もいない。外ではできない話ではあったが、完全な密室に二人きりになることは避けたかった。ここでならお互いのテリトリーではないので勝手はできないと思うが、念には念を入れて、近くで相模に待機してもらっている。二時間経って自分が出てこないようなら、入ってきて欲しいとも頼んだ。
佐伯を信用していないわけじゃない。でも不安は少しでも払拭しておきたかった。
「僕があなたと話をするのは今から二時間の間だけです。それ以上はできません」
キキがそう言うと、佐伯はわかったとだけ言った。
妙に物わかりのいい態度に不信感が募る。
「食べないのか?」
せっかく用意してくれた料理だが、箸をつける気にはなれなかった。店側もぐるになって、何か薬を混入させているかもしれない。
キキの考えていることがわかるのか、佐伯は「何も入っていないから安心してくれ」と言った。それでも食べないキキに佐伯は言う。
「だったら俺の前に運ばれてきたものと替えてもいい。どうしても嫌なら食べなくてもいいが……。せっかく真白が好きなものを用意してもらったのに」
そう言われて渋々箸を手に取った。確かにどれも真白が好きなものだった。
「それでお話ってなんですか」
食事を始めても元気にしているかなど世間話ばかりして、なかなか話しださない男に焦れて、キキから話題を振った。
佐伯は困っているようだった。
その顔は、何から伝えればいいかわからない、そう張り付けていた。
張り詰めた空気のなか、佐伯は訥々と話し始めた。
「ずっと真白からは花のような匂いがしていた。でもお互いにベータのはずおかしいとそう思っていた。そしてあの時、俺がアルファで真白がオメガだと判って、嬉しかった」
でも、佐伯は出会ってしまった、運命の相手に。
「あの頃の俺は、真白にどう接していいのかわからなくなった。真白からは花の匂いがするのに、彼からはそれ以上にいい匂いがすることが、どうしても理解することが出来なかった」
「佐伯は僕の匂いがわかるの?」
「ああ。昔から、お前はいい匂いだった」
『どうして俺がいるのに、そいつと仲良くするの?』
『あの子は俺の運命なんだ。お前からは、あの子のような匂いがしないんだ』
かつての自分たちがお互いに交わした言葉。その真意は違うものだったと、今さらになって教えられた。ずっと自分は佐伯にとって必要とされていないんだと思い込んでいた。
匂いはしていないわけではなかった。佐伯はちゃんと感じ取っていた。
「こんなにも大切なのは真白だけなのに、真白から彼以上の匂いがしなくて、それが悲しかった。『運命の番』さえいなければ、一緒に居られたのに」
「それは違うよ、佐伯」
「違う?」
「あなたは、真白のことを選ばなかったじゃないか。それがあなたの答えだ」
その言葉に佐伯の瞳が揺れる。
「言い訳にしか聞こえないだろうが、幸せにできないと分かっていて噛めるほど、無責任にはなれなかった……」
番関係は一方的に結べない。両者の気持ちは何よりも大切だ。
「あの時、きっと真白は噛んで欲しかったんだと思う。それでどんなに不幸になってもよかった。二番目でも、好きでいてくれなくても」
「真白……」
ともだちにシェアしよう!