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泡沫⑷
「キキのことが好きなんだ」
飾り気のないその言葉。何よりも、欲しかった言葉。
全身が熱を帯びるのがわかる。
(嬉しい……)
好きな人に好きだと言ってもらうことが、こんなに嬉しいことだとは思わなかった。
こんな日が来ることを、ずっと自分は待ち望んでいた。
真白じゃない、自分自身のことを、好きだと言ってもらえる日を。
「僕も、好きだよ」
キキも相模に自身の気持ちを伝える。
誰よりも、何よりも。そのことを言葉と目で、伝えた。
「キキも、同じ気持ちなの?」
相模は信じられないと言った表情で見ている。
「そうだよ、なんで驚くの。とっくに気づいていると思った」
「だって、キキはそう言うそぶりをあまり見せなかったから。照れるのはただ恥ずかしいだけなのかと。仲良くしてくれるのも、……俺が寂しそうに見えるからかなって……」
相模は自信がない顔で力なくいう。
相模にそんな顔をさせているのは自分自身だ。
言葉がないと、始まらない関係はいくらでもある。
「嫌いな人には触らせたくもないし、遊びに誘われても断るよ。最初は苦手だったけど、真面目なところを見て、この人の素はこっちなんだと思った。今思えば、そのころから少しずつ惹かれていたんだろ思う。今までの自分じゃ、考えられないもの」
理屈じゃなく、相模はキキにとって特別な存在なのだ。
初めて受け入れて、理解してあげたいと、自身が思った。相模の抱える闇を少しでも晴らしてあげたくて。そして、相模もキキのことを受け入れてくれた。
「俺、ベータだけどいいの。俺の好きは、その恋愛感情としての好きだよ」
相模が大真面目にそう言うので、キキはくすりと笑ってしまう。
きっと相模なりに、キキの身体のことも考えてくれているのだろう。
「そんなことを言えば、僕だって元はベータだ。今だって、そうベータと変わらない」
「キキ」
「悲観して言ってるんじゃないよ。君が何であっても、僕は君が好きだっていうこと」
自分のこの気持ちは、相模の将来を奪ってしまうものかもしれない。
相模が恋人との間にこどもを求めるなら……。
(でも、気持ちを伝えないまま終わるのはもうやめにする)
相模が自分のことを望んでくれているのであれば、自分もそれに応えたい。
不安など、その気持ちの前には何の障壁にもなりえない。
「僕も君と、恋人になりたい」
キキは相模の頭を掴んで、自分の方に引き寄せた。背伸びをして、そっと相模の口にキスをした。触れるだけの、優しいキス。
「これ以上はすぐには恥ずかしいけど、こういうこともちゃんとしたい」
今度は相模が、キキに口づける。顎を手で支えて、先ほどよりも深くキスをする。
満たされる感覚に、うっとりとキキは目を閉じた。
「キキ、名前を呼んで」
「でも、人が」
「大丈夫、みんな夕陽に夢中で俺たちのことなんか見てないよ」
視界の端にちらほらと人影が見える。躊躇うキキに、相模はお願いと言った。
「でも、バレたら」
「バレてもいい。お願いだから、俺の名前を呼んで」
懇願する男に俺キキは名前を呼んだ。
「……圭一」
初めて呼ぶ名前は、なんとも蠱惑的な響きをしていた。
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