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エトセトラ・渚
『そんなに好きで、愛していたのであれば、噛んであげればよかったじゃないですか』
『選ばなかったのは、貴方の意志ですよ、佐伯さん』
噛めるのなら、自分だって、あの真白の首を噛みたかった。
でも、好きだからこそ、噛めなかった。
自分は、表向きは第二次バース性検査の時に、バース性がベータ性からアルファ性に転換した変異種ということになっている。でも実際は、生まれた時からは「アルファ」だった。
一族で会社を経営していると何かと問題が出てくる。お家騒動の一部に自分はまきこまれたのだった。自分の息子を会社の後継者に据えたい叔父が、当時の重役たちと結託して、バース性の結果の紙に細工をしたのだ。おかげで佐伯は本家の長男として生まれながら、「ベータ性」というだけで分家筋の家へ養子に出された。育ての親は大切に育ててくれはしたが、母親と離れることはつらかったし、当時の幼い自分は理由がわからずただただ寂しかった。
(本当に忌々しい叔父たちめ)
その養子先で出会ったのが、真白だった。『高杉真白』、それが真白の名前だった。
真白はベータだったが、愛らしい顔をしていた。気さくで友達も多く、佐伯にも優しく接してくれた。仲良くなるのに時間はたいして掛からなかった。
中学生になる頃、時折真白からいい匂いがした。それは花のような匂いだった。
周りのベータの友人たちは、誰一人として真白からはそんな匂いはしないという。柔軟剤の匂いではないかと指摘されたが、全く違うように思えた。
そして運命の第二次バース性検査。担任は検査結果を生徒自身に返す。親と一緒に見るよう言われたが、帰り道に一人でそれを開封した。
紙には「α:アルファ」と記されていた。
自身の身体の違和感の理由がやっとわかった気がした。そしてそれと同時に、自分が何に巻き込まれているのかが分かった。大体のその犯人も。
誰にも知らせることなく実家に帰り、結果を父に見せた。すぐに専門機関に連れていかれ精密検査の結果、アルファ性だと断定された。
そして、「アルファ性」というだけで、自分はまた本家に連れ戻される羽目になった。
真白と離れるのが嫌で、本家に戻るのは高校を卒業してからにして欲しいと頼み込んだ。
父親は変に勘がいいのか、ある人物と会うよう自分に告げた。
その人物こそが彼だった。もともと自分の婚約者だったので、幼い時に何度か会っている。養子に出された時点で婚約は破棄になっていたはずだったが。
部屋に入った瞬間に、なんとも言えない甘い匂いを感じた。
眩暈を覚えるほどの強烈な匂い。
彼も同じ匂いを感じているようだった。
彼は許嫁であり、『運命の番』だったのだ。
『ずっとあなたはアルファだと思っていたんです。この甘い匂いがいつもしていたので』
嬉しそうな顔をして彼はそう言ったのだった。
彼と最後にあったのは養子に出されることになった小学校入学前。
その当時から匂いがしていたなら、自身は昔からアルファだったのではないだろうか。
そういえば、久しぶりに叔父に会った時、『薬はちゃんと飲んでいるか』と聞かれたことを思い出す。特別身体が弱いことはなかったが、寝付けにいいとその薬は毎晩渡されていた。
やはり予想は当たっていたのだ。叔父を問い詰めると忌々しそうに叔父は言った。
『ああ、あの薬はフェロモンの分泌を抑制する薬だ。お前から匂いが発せられなければ、アルファだと判らないからな。結婚相手が『運命の番』とは、運がお前に味方したか』と。
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