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第86話

「先輩、熱ある?」 「へ……?」 「体温計、どこですか?」 「あ……あっちの戸棚……」 体温計を置いてる棚の方を指差すと、城崎は簡単に俺の下から抜け出して体温計を取りに行った。 戻ってくるなり俺の(わき)に体温計を挟む。 ピピピ…と音が鳴り表示を見た。 「さんじゅうはちど…?」 「38度4分?!先輩、寝ましょう?!」 「えぇ……?」 「ほら、早く着替えますよ!もう、何でこんなになるまで放っとくんですか?!」 最近身体が怠かった理由はこれか。 熱なんて滅多に出ないから気にも留めなかった。 言われてみれば、この時期なのにめちゃくちゃ寒いかもしれない。 あれよあれよといううちにスウェットに着替えさせられてベッドに放り込まれる。 いつもなら俺の裸なんて見たら何かしら手を出してくるのに、今日は全く手を出す気はないらしい。 城崎は手際良く氷枕やアイスノンを準備して戻ってきた。 「ひぁっ…!やだ、城崎っ!寒い!」 「わ…、めちゃくちゃ震えてますね。まだ熱上がるか…。」 城崎は一度俺に挟んだアイスノンを取って布団をもう一枚重ねた。 城崎の手を握って、頬に当てる。 「すげぇ熱い…。何で言われないと気づかないんですか…。」 城崎は心配そうに俺の頬を撫でた。 心地よさに目を閉じようとした時、城崎が立ち上がった。 「先輩、いつも使ってる薬とかあります?よく効くのあるならそれ買ってきます。いや、病院?病院いきますか?」 「やだ…。注射怖い……。」 「〜〜っ!!可愛いな?!……じゃなくてっ!じゃあ薬買ってきますね。」 「城崎、行かないで……。」 「必ず帰ってきますから、ね?」 「…………わかった。」 渋々城崎の手を離すと、城崎は俺の額にキスして家を出て行った。 城崎のいなくなった部屋は静かだ。 熱があるからか、いつもより寂しくて、人の温もりに甘えたい気持ちが強い。 掛けられた布団をぎゅっと握りしめる。 本当は城崎に抱きしめて欲しい。 なんて、わがままか? 「あ、これ……」 ソファの背もたれにかけられた城崎のジャケットが目に入り、怠い身体を引きずりながらソファへ戻る。 ジャケットに顔を埋め、鼻いっぱいに匂いを嗅ぐと、城崎の匂いがして安心した。 「城崎…、早く帰ってきて……。」 城崎の匂いの安心感に俺はいつのまにか眠っていた。

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