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第105話
約束の11時、贔屓にしてもらっている取引先であるT社との契約更新に伺った。
ここは俺が3年目の時に初めて自分の力で契約を取った思い入れのある会社だ。
相手方の担当者は吉野 さん。
担当者とはいってもT社の社長である。
初めは別の担当者さんと契約を進めていたが、プレゼンの時などに顔を出してくれていて、俺のことをとても気に入ってくれたのだ。
それからはSコーポレーションとの契約の時は、社長自ら話を聞きに来てくれるようになった。
とても優しく、社員からも愛されていて、社員でない俺のことも孫のように可愛がってくれている。
「よく来たね、望月くん。」
「吉野さん、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。」
「望月くんも、今日は一段と笑顔が輝いてるね。さぁ、どうぞ。今日も望月くんの大好物を用意してるよ。」
応接室に通され、ソファに促される。
テーブルには俺の大好きな名古屋で有名な和菓子店のわらび餅。
「本当、気を遣っていただかなくても…」
「私が好きでやってるんだ。喜んでくれると嬉しいな。」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます。」
城崎にはわらび餅に合うようにお茶が用意されていて、俺には大好きな甘めの珈琲。
わらび餅を口に入れると、とろっと溶けて超美味い。
「美味しいです!」
「それは良かった。君の笑顔見てると癒されるねぇ、本当。わざわざ名古屋まで足運んでくれてありがとう。」
「いえいえ。お時間作っていただいて感謝致します。」
「君のためならいくらでも作るよ。孫みたいに可愛くて仕方ないんだよ。すぐにでも引き抜きたいくらいだ。」
「ご冗談を。」
取引先に来たとは思えないくらいアットホームな空間に、城崎はそわそわと慣れない様子であった。
そりゃ普通こうじゃないもんな。
そういえば、吉野さんにも紹介しなきゃ。
「吉野さん、今日一緒に連れてきた二年目の城崎です。俺の大事な部下なのでご贔屓のほどよろしくお願いします。」
「遅くなりました。城崎です。T社さんにはいつもお世話になっております。」
吉野さんに城崎を紹介すると、城崎はぺこりと頭を下げた。
「城崎くん、わらび餅美味いでしょ?」
「はい、とても。」
「はははっ!それは良かった!」
吉野さんはニコニコ嬉しそうで、俺も嬉しくなる。
「吉野さん、城崎はうちの若手のホープなんですよ。見たまんま、超仕事できるんです。俺もあっという間に抜かれちゃいそうなくらい!」
「へぇ!望月くんを越えるとなると相当腕がいいんだねぇ。」
「いえいえ、そんなことないですよ。でも期待に応えられるように頑張ります。」
「年齢の割に落ち着いてるねぇ。好青年だし、好かれるわけだ!」
よかった。
吉野さん、城崎のことも気に入ってくれたみたいだ。
尊敬する人に好きな人が気に入られるのは、やっぱり嬉しいものだ。
「もうお昼時だし、何かご馳走しよう。何が食べたい?ひつまぶしか?みそかつか?天むすか?味噌煮込みうどんもいいねぇ。」
「吉野さんの気分はなんですか?」
「うーん。望月くんが来ると色々食べさせてあげたくなるからね。いろいろ出前頼んで3人で分けようか。」
吉野さんは秘書に頼んでいろんな名古屋名物の有名店から出前をとった。
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