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第353話

タクシーが水族館前に到着し、料金を支払って降りる。 目の前には大きな水族館がそびえ立っていた。 「でけぇ〜!」 「ふふっ…、先輩、行こ?」 「あ、何で笑うんだよ!」 「だって子どもみたいで可愛い。」 「なっ…!?」 城崎はクスクス笑って俺の手を握る。 こんなに人が多いところで手を繋ぐなんて、城崎も大概浮かれてるんだろうな。 「てか、さっきのタクシーの中でのこと、怒ってるからな!」 「え〜、いいじゃないですか。二人きりなんだから。」 「運転手がいるだろ!」 さっきのタクシー内で、最初は手を繋いで指先で遊んだりしていたくらいだったのに、何がきっかけで火がついたのかは知らないが、途中から太腿やお尻の方まで手が伸びてきてそれはもう大変だった。 いやらしい手つきで触るから、声を抑えるのに必死だし、それに勃ちかけてしまって、本当怒りたい。というか、ちょっとだけ怒ってる。 「ごめんね、先輩?だって俺、家出た時からずっと先輩に触りたいの我慢して……」 「知らね。お前の事情なんて。」 「そんなぁ…。」 ふいっと顔を逸らして、城崎を置いて一人で館内に入る。 チケットを大人二名分買って、一枚を城崎に渡した。 「俺が出します。」 「は?いいからもらっとけ。」 「えー。じゃあ次からは俺が出しますよ?」 「何だよ、その制度。じゃあ今日は俺が全部出すから、明日城崎にお願いしてもいいか?」 「む……。じゃあそれでいいです…。」 城崎は貢ぎ癖がすごい。 貯金額は聞いたことないけど、おそらく社会人になる前からアルバイトなどで結構稼いでいたのか、驚くほど俺に投資する額が高い。 一緒に暮らすなら共有資金とか別に作っとくべきなのか…?と時々不安になってしまうくらいだ。 「あ、みてみて。先輩、ハリセンボン。」 「懐かしい。初めてデート行った時、城崎ハリセンボンわかってなかったもんな?」 「先輩が教えてくれたから覚えましたよ。はぁ〜…、初デートとか懐かしすぎます。俺すげぇ浮かれてて、本当先輩の可愛さ爆発して堪んなかったし…。」 「昼ごはんに魚食ってたしな、城崎(笑)」 「いや、そんなことより帰りに先輩の家に行ったことの方が重要でしょ!!本当、先輩って隙ありすぎなんだから…。」 そういえばそうだったなぁ。 城崎の手料理初めて食べたのもあの日だったっけ? めちゃくちゃ美味しかったんだよな。 今じゃ食べ慣れたものだけど、食べ慣れた今ですら美味しくて、面倒さを省けば外食いらずって感じだし。 「なんかいいな、こういうの。」 「ん?」 「付き合った頃の話。ちょっと恥ずかしいけど、懐かしくてあの頃の気持ち思い出して、なんかいいなって。」 「そうですね。思い出すと俺、本当必死だったというか…、恥ずかしいですけど。」 大水槽を見ながら横を見ると、城崎は照れ臭そうに鼻を赤くしていた。 あぁ、愛しいなぁ…。 周りにはたくさん人がいるのに、自然と城崎の手を握った。 「俺、あの頃より何倍も城崎のこと好きだよ。」 初めは告白されて戸惑って、自問自答して好きだって自覚して、付き合ってからいろんなことがあって。 だからあの頃より思いは何倍にも膨らんでいて。 今じゃ城崎以外なんて考えられないし、城崎が隣にいることが当たり前だ。 離れないでほしい、離さないでほしい。 ずっと俺のそばにいてほしいなって、そう思ってる。 「俺も。先輩、愛してる…。」 「城崎……」 城崎の端正な顔が近づいてきて、俺はそっと目を閉じた。

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