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第439話

必要な荷物だけ鞄に入れて、家を出る準備をする。 「先輩…、本当に行っちゃうんですか…?」 「悪い。年末年始しか顔出してねぇから、挨拶しなきゃ。3日には戻ってくるから。」 「…………俺、明日にはこの家に帰りますから。寂しくなったら、いつでも帰ってきてくださいね?」 「うん。じゃあな、城崎。いってきます。」 「いってらっしゃい……。」 玄関先で何度もキスをして、名残惜しくも家を後にした。 ここから実家まではそう遠くない。 2時間ほど電車とバスを乗り継いで、見慣れた風景に心が落ち着いた。 城崎からは既に何通もメールがきている。 さっき別れたばかりなのに、本当俺のこと好きだよな…。 最寄りのバス停について下車する。 家に着くまで城崎と電話しようと画面をタップすると、城崎はワンコールで電話に出た。 『もしもし!?』 「あ、城崎?今着いたよ。」 『はぁ…。じゃあ俺もそろそろ実家帰りますね…。』 「まだ帰ってなかったのか?」 『途中で引き返してきてくれないかなって、ちょっと期待しちゃいました……。明後日まで我慢します…。』 電話越しに聞こえる城崎の悲しそうな声。 可愛すぎんだろ。なんだよ、引き返してくるかもって。 引き返してたらどんな顔してたのかな? あいつのことだから、すげー喜んでくれそう…。 「城崎、可愛い。」 『なっ…?!でも出張の時は、先に我慢できなくなって泣いちゃったの先輩じゃないですか!!』 「あー、もう。その話はやめて。恥ずかしい。」 『すげー嬉しかったんで、何回でも言いますよ。』 クスクス笑う城崎の声が愛しくて、つい口角が上がる。 城崎と同じく、3日まで我慢できる気がしない。 声聞いてるだけで、こんなにも会いたくなるのに。 「そろそろ家着くから切るぞ。」 『えー、もう?』 「また夜電話する。」 『ビデオ通話がいいです。』 「わかったわかった。21時頃でもいい?」 『はいっ!待ってますね!』 「ん。じゃあまた後で。」 家が見えてきたので通話を終えた。 丁度スマホをポケットに閉まったとき、ガラガラっと玄関の引き戸が開いて、ある人影が俺向かって一直線に走ってきた。 「兄さん!!お帰りなさい!!」 「大翔(ひろと)!ただいま、大きくなったなぁ。」 俺に抱きついているのは弟の大翔(ひろと)。 母さんの妹夫婦が交通事故で他界し、一人になった大翔が親戚中たらい回しにされそうになったところを、うちの両親が預かると立候補した。 大翔はまだ3歳の頃だったから、産んでくれた両親との思い出はほとんど覚えていないようだ。 叔母の息子なので、関係としては俺の従兄弟にあたるが、両親は大翔の事を実の息子のように可愛がっているし、俺も本当の弟だと思ってる。 13歳歳下だから、もうすぐ高校三年生。 小さかったはずなのに、いつのまにか歳も身長も随分成長した。 「いつぶりですか?一年ぶり?」 「そうだなぁ。年末年始しか帰ってきてないもんな。」 「今年は兄さんと年越しできなくて寂しかったです…。用事があったんですか?」 「うん、帰れなくてごめんな。」 大翔は甘えた犬のようにべったりと着いてくる。 犬で例えるなら、城崎が柴犬、大翔はポメラニアン?もしくはチワワ? 我が弟ながら可愛らしい顔立ちをしていると思うし、俺のことをすごく慕ってくれていて、そりゃ可愛いに決まってるんだよな…。 「今母さんが兄さんの大好きなおしるこ作ってくれてます!おせちも兄さんが帰ってくるまで待ってたので、一緒に食べましょう!」 「え、おせち食べてないの?」 「はい!待ってました!」 「なんか悪いな…。」 いつもお正月の朝ごはんはおせちなのに。 きっと大翔が俺と食べるって駄々捏ねたんだろうなと、今の様子を見てそう感じた。

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