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第522話
複雑な気持ちだ。
チョコ渡すのって、多分すごく勇気がいる。
現に俺は朝から勇気出せなくて渡せなかったし…。
恋人として他の人からのチョコを断ってくれるのは嬉しいんだけど、なんだかこういう扱いをしてるのは嫌だなって…。
「城崎…、俺もらえない…。」
「なんで?先輩、チョコ好きでしょ?」
「だって、これをくれた子は城崎に食って欲しくて買ってきたんだろ…。そんなの、受け取れない。」
「ふーん?俺が食べてもいいんだ?」
城崎は挑発するように俺に尋ねた。
嫌だけど…。でも……。
「城崎くん!今いいかな?」
「はい。なんですか?」
城崎は女性社員に呼ばれて、廊下に行ってしまった。
またチョコを貰うんだろうか…。
気になってこっそりとついていく。
「あの……!恋人がいるって噂は聞いてるんだけど…っ、その…、受け取って…!」
女性は顔を真っ赤にしながら、城崎にチョコを渡す。
綺麗な人だ。城崎と釣り合うような美人な…。
受け取ったらどうしようとか、さっきみたいに冷たい態度とったらどうしようとか、不安ばっかり襲ってくる。
怖いなら見なけりゃいいのにと、自分でも思う。
でもこの後の城崎の行動は、俺の不安なんか全部取り払ってくれた。
「すみません。お気持ちは嬉しいんですけど、受け取れません。」
「…っ」
「大切な人がいるんです。その人を傷つけたくないので、チョコは受け取れません。」
「でもっ…」
「俺、その人しか愛せないんです。不安にさせたくないんです。だから、ごめんなさい。」
城崎は頭を下げて断っていた。
女性は泣いて去ってしまったけど、城崎の対応は真摯的だったと思うし、恋人の俺はとても嬉しかった。
廊下の角から城崎のスーツの裾を引っ張る。
「わっ?!先輩…?!もしかして今の見てたんですか?」
「………んで」
「?」
「なんで…、デスクの置いてたチョコにはあんな冷たかったんだ…?」
こんなに真摯的な対応をするなら、あのチョコの山に対するさっきの態度は何だったんだ?
不思議に思って尋ねると、城崎は少し言いづらそうに答えた。
「だって、名前もわからないし、直接渡すわけでもない人が本気だとは思わないでしょう?」
「………」
「本気で気持ち伝えてくれた人にはちゃんと答えますよ。俺は大切にしたい人がいるって。きちんとお断りして、先輩にだけ向き合いたい。」
「うん…っ!ありがとう…」
城崎に真っ直ぐ見つめられて、なんだか嬉しくて泣きそうになった。
今なら渡せる気がする。
帰ったら、ちゃんと気持ちを伝えてチョコを渡そうと心に誓った。
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