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第555話
車を降りて、大きく伸びをする。
海沿いだからか、潮の匂いが風に乗って届いた。
「先輩、お疲れ様。」
「俺何もしてないよ。城崎こそ、お疲れ様。」
「疲れたからギューして…。」
「わっ…!こら!」
むぎゅーっと抱きしめられ、人目が気になって突き放そうとしてやめた。
城崎の言う通り、俺が気にしすぎなだけで、もしかしたら周りの人は成人男性が戯れあっているくらいにしか思わないのかもしれない。
成人男性は普通戯れ合わないけど…。
「ちょっと歩く?」
「ん〜…、じゃああのベンチまで。」
「了解。」
城崎が指差したベンチまで歩く。
平日の真昼間だから、人通りはおそらく普段より少ない。
ここだけゆっくり時が進んでるみたいに、穏やかで暖かい。
海鳥が鳴いて、時々汽笛の音なんか聞こえてきたりして、普段の生活にはない音が心地良い。
目的のベンチまでたどり着いて、隣に座って、こっそりと手を繋いだ。
「たまには外でのんびりするのもいいですね。」
「うん。潮風気持ちいいな。」
「えー。ベタベタしません?」
「俺は嫌いじゃないよ。」
昔はそう思ってたけどな。
特に海水浴の後とか、ベタベタして服が着づらかったし。
でも、なんか今はそれほど嫌いだとは思わない。
「じゃあ俺も好きです。」
「ぷっ…、なんだそれ?」
「先輩が好きなものは好きでありたいんです。」
城崎は繋いだ手の指を絡ませて、俺を見つめてそう言った。
なんだか誘うような、甘えるような、含みのある視線。
「好きとは言ってねーけどな。」
「あっ、狡い!」
「お前が勝手に言ったんだろ。」
くすくす笑っていると、不意に頭上が影になって、顔を上げると唇が重なった。
「な、何して…っ!?」
「今一瞬、誰もいなかったから。」
本当に一瞬だけ。
キスされた一瞬だけ、びっくりして時が止まったみたいだった。
「外でそういうの…、ダメっ…だから…」
両手で城崎の胸元を押して距離を取る。
心臓がバクバクする。
城崎は震える俺の手を掴んで、また周りに見えないように繋いだ手を二人の間に隠し、指を絡めた。
「次から気をつけます。」
「うん…」
城崎はそれ以上何かしようとはしてこなかったけど、繋いだ手は緊張でしっとりと濡れていた。
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