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第594話
「城崎………?」
「せ、先輩……」
俺まだネオン街にいる…よな…?
胸元の大きく開けたチャイナ服に身を包んだ女性に腕を引かれている城崎。
足に鉛をつけられたみたいに重くて、その場から動けなかった。
城崎は俺を視界に入れるなり、女性を振り払って俺の元へ駆けつけた。
「先輩っ!!違うんです!ごめんなさい!!」
ギュッと抱きしめられて、でも城崎からはいつもと違う、甘いバニラみたいな匂いがして、心がぐちゃぐちゃで泣きそうになった。
城崎が出てきた店は、俺の勘違いでなければおっぱいパブ。
名前の通り、おっぱいを触っていいキャバクラ的な場所だ。
「同期に連れてこられて…、俺断ったんですけど、多勢に無勢で、無理矢理中に押し込まれただけなんです。胸も触ってないし、本当にちょっと中に入っただけ!抱きつかれたんで匂いは移ってるかもしれないけど、何もやましいことはしてないです…。信じて…。」
城崎の焦ったような声が、ますます俺を不安にさせる。
触ってないなら、堂々とすればいいじゃん。
ぽた…ぽた…と涙が溢れて、アスファルトを濡らす。
城崎がそんなところから出てきて悲しい気持ちももちろんあるけど、自分が同じようなことをしてしまった罪悪感も同時に襲ってくる。
いろんな気持ちがぐるぐる胸の中を渦巻いて、吐き気すら催した。
「先輩……?」
城崎から香る甘い匂いが嫌で、両手で突き放して物理的に距離を取る。
俺の次の動きを窺うような姿勢と、力無く俺に伸ばされた腕。
本当は抱きしめてほしいのに、今の城崎の匂いは俺の不安を大きくするだけだ。
距離を取ったまま俯いていると、店の方から城崎と同い年くらいの男性が走ってくる。
「おーい。城崎〜!………って、あれ?友達っすか?」
「………」
「言ってやってくださいよ!こいつ可愛い女の子たちがいっぱい迫ってきてんのに、胸触らないどころか見向きもしないんすよ!同じ男としてどう思います?たまにはパーっと遊ぼうぜって言ってんのにさぁ。」
追いかけてきた城崎の同期は、はぁ〜とため息をついて首を振った。
城崎はキレ気味に、その同期にいろいろ捲 し立てて、俺の手を引いて場所を変えた。
おっぱいパブって、なんとかタイムってので女の子が脱いだりするって聞いたことあるから、もしかして…って心配になったけど、城崎は本当に手出してないんだ…。
中に入っただけ…。
少し、無理矢理体を押し付けられただけ。
俺も同じことしたじゃん…。
「城崎…、ごめん……」
「え?」
「俺もキャバクラ行った…。でも、話しただけ。ちょっとだけ胸押し当てられたけど、ちゃんと断ったよ。」
「そっか。だから先輩もいつもと違う匂いがするんだ…。」
城崎は悲しそうに笑った。
俺、最低だ…。
城崎にこんな顔させて、俺だって悪いことしたのに。
「怒らないの…?」
「俺に怒る資格なんてないですよ。俺の方こそごめんなさい。今日はお互い、相手の選ぶ場所が悪かったですね…。」
頭を撫でられて、ギュッと抱き寄せられる。
誤解は解けたけど、いつもの匂いじゃない城崎は、やっぱりなんか嫌だ。
「ギューやだ…。」
「…………早く帰りましょう。お風呂入って、スーツは早急にクリーニング出しましょう。」
「うん…。」
城崎に手を引かれて、急いで家に帰った。
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