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第599話
いつの間にか俺たちの後ろに蛙石くんが立っていた。
キラキラと期待した目で、城崎を見つめている。
「去年O社との契約を結んだ方が城崎さんと伺ったんですが、本当ですか!?」
「まぁ…、うん。」
「僕に営業テクニックを教えてください!お願いします!!」
「は?」
直角に腰を曲げて、城崎に手を伸ばす。
城崎は引き攣った顔で、俺に助けを求めているようだった。
仕方ないので、助けに入ろうと口を挟む。
「蛙石くん、あのね…」
「わずか二年目でO社だけでなく、様々な企業との契約を結んでいるとお聞きしました!」
「蛙石くーん…?」
「そのお若さで常に営業トップだと!是非、僕にもその営業テクニックを分けて頂きたくお声をかけさせていただきました!!」
「………」
「ちょ…、城崎!?」
城崎は黙っていたかと思うと、いきなり蛙石くんと逆方向に逃げた。
蛙石くんは「待ってください!!」と城崎を追いかけて、営業部から姿を消した。
「なんだあれ…?」
「城崎、大丈夫かな…。」
涼真も苦笑いしながら、二人が出ていった方向を見つめる。
城崎が色恋沙汰以外で、あんなにグイグイ来られるの初めて見た。
新人教育担当、久米さんなんだけど…。
「城崎くんに投げちゃダメかしら?」
「ダメですよ!!」
久米さんが適当なことを言うので、俺はキッパリ否定した。
そのあと城崎だけ帰ってきて、隅の方のデスクでひっそりと仕事をしていた。
遅れて帰ってきた蛙石くんは、久米さんに引っ張られて新人研修へと旅立った。
「先輩…、お昼一緒に食べましょうね……。」
「うん。お疲れ様。」
「はぁ〜…。俺、あの新人苦手かも……。」
「まだ今日会ったばっかりだろ?そんなこと言うなって。」
「ん〜……。」
蛙石くんがいなくなったのを確認して、城崎は自分のデスクに戻った。
その後はいつも通り仕事をしていたんだけど、お昼休みになって蛙石くんが研修から戻ってきた瞬間、城崎が俺の手を引いて走り出した。
「ちょっ…?!」
「先輩!!走って!!」
「えっ?!わっ!!」
言われるまま走り、城崎と食堂に逃げ込む。
やっと撒いたと思って食堂で昼ご飯を食べていると、城崎が急に立ち上がった。
「先輩、ごめん。俺の分も食べてください…」
「え?」
「あいつ、しつこい!!」
城崎の視線を辿ると、食堂の入り口で俺たちを見つめる蛙石くんの姿。
マジか。
マジでしつこいじゃん。
「城崎さんっ!僕に営業テクニックを!!」
「教えねぇつってんだろ!!」
いつもクールな城崎が声を荒げている貴重な姿を見て、女性社員たちはキャアキャア言いながら写真を撮っていた。
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