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第605話

そして仕事も終わり、18時。 城崎はすっごく行きたくなさそうな顔をしているけど、蛇目の煽りのおかげで帰る気はなさそうだ。 「先輩…。チューしたい……。」 「えぇ?もうみんな行っちゃったぞ?」 「だからですよ。今二人っきりだから、ちょっとだけ。」 「んっ…!」 休憩室のブラインドを閉めて、城崎は俺にキスをした。 誰かが忘れ物を取りに戻ってきたりしたらアウトだ。 俺は城崎の肩を押して距離を取る。 「ダメ…。」 「………。」 「会社でするなら、いつものトイレとかじゃないと…。バレるリスク冒してまでここでする意味はないだろ?」 「ごめんなさい…。」 しょんぼりする城崎の頭を撫でて、休憩室から出る。 部署の出入り口に蛇目が立っていた。 「二人とも、お熱いのはいいことなんですけど、私じゃなかったら大変なことになってましたよ?」 「蛇目…。」 「二人が残ってるのを見て、もしかしたらと思って、ここで誰も来ないように見張ってましたけど。私たちゲイは、まだ偏見の目で見られることがたくさんあります。慎重になった方がいいですよ。」 「そうだな。悪い。ありがとう。」 蛇目に頭を下げると、城崎に後ろから腕を引かれた。 「こら。御礼の一つくらいできないのか?」 「この人にお礼言うのはなんか嫌です。」 「おまえなぁ…。」 「先輩、蛇目さんの肩持つんですか。」 困ったな…。 いつもの冷静な城崎なら、形だけでもお礼を言うのに。 精神的にも疲弊してて、おまけに敵と認識している蛇目からクリティカルヒットな注意を受けて腹立っているのか、すこぶる態度が悪い。 「肩持つとかじゃなくて、常識的に…」 「いいですよ、主任。彼に嫌われているのは承知の上で声をかけたので。」 「でも……」 「私は先に向かってますね。お待ちしてます。」 蛇目は軽く会釈をし、先に行ってしまった。 大人な対応だったな…。 「城崎、さっきのは社会人としてどうかと思うぞ。」 「プライベートなことで社会人がなんだとか言われたくないです。」 「なぁ、さっきから城崎らしくないぞ?」 「俺らしいってなんですか?……もういい。やっぱり帰る。」 城崎は鞄を持って出て行こうとした。 俺は思わずその手を掴み、引き止める。 「どうしたんだよ?」 「離してください。このままだと先輩に嫌われちゃうから…。頭冷やしてくる。」 「嫌わないから!俺は何があっても城崎のこと嫌わない。頭は冷やした方がいいかもだけど…。」 「…………。」 城崎は足を止めて、俺に背を向けて黙り込んだ。

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