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第645話
嫌だ。
嫌だ。嫌だ。
「やっ…!!」
「先輩っ…?」
ドンっと城崎を突き離して、唇を拭う。
さっきまで知らない奴とキスしていた唇で、当たり前のように俺にキスをするのが信じられなかった。
「先に言うこと、色々あるだろうが…っ!」
「先輩……、違うってば。あれは…」
「ナツ〜?何してんの〜?」
呑気な声でトイレの方から顔を覗かせたのは、さっき城崎とキスしていた人…。
「あは!もしかして修羅場?」
やっぱり男だ。
そりゃ男だよな…。城崎の恋愛対象は男だし…。
若くて小さくて、みんなに愛されそうな可愛い子。
「はぁっ……、ぅっ…」
「先輩っ…!?」
「綾ちゃん!ビニール!ほら、ゆっくり深呼吸して!」
「ふぅ…、うぅ…っ」
ビニール袋を持って急いで帰ってきた麗子ママ。
俺は城崎の腕を振り解いて、麗子ママに体を預けた。
背中をさすられ、ゆっくり息をしていたら、幾分か呼吸がマシになる。
ちらっと城崎を見ると、城崎は傷ついた表情をしていた。
何でそんな顔すんだよ?
傷ついてんのは俺の方だっての…。
「お兄さーん、大丈夫?」
「那瑠 ちゃん!今は黙ってなさい!」
「えー?心配してるだけなのに〜。」
男の子は城崎の背中にぴったりと引っ付いてそう言った。
那瑠…。
あぁ、葉月くんの口から聞いたことあるかもしれない…。
俺の城崎から離れろよ。
そう言えたらどんなにいいか。
俺は見ないふりして目を逸らした。
「先輩、とりあえず帰りましょう?」
「……………」
「家でちゃんと話すから。」
「夏くん、タクシー呼んだわよ。」
「ありがと。」
本当に話してくれるんだろうか?
俺はそれをちゃんと受け入れられる?
大丈夫…だよな…?
「綾ちゃん、せっかくのお祝いだったのにごめんなさいね。」
「いえ……。麗子ママは何も…」
「ううん。貸切って言ったのに、私のミスであの子が来ちゃったの。本当にごめんなさい。」
ミスって何?
たとえ麗子ママが何かミスしてあの人が来たとしても、キスしてたことと麗子ママは関係ないでしょ。
色々モヤモヤが溜まったまま、タクシーに乗せられる。
「先輩、嫌な気持ちにさせてごめんね。」
「…………」
「本当にごめん。ごめんなさい。」
家に着くまでのタクシー内で、城崎はずっと俺に謝り続けていた。
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