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第646話

タクシーから降り、無言で部屋に入る。 ただいまのキスがないの、いつぶりだろう? でも、今の城崎にキスされたくなかった。 「先輩、あのね、さっきのは…」 「………浮気相手?」 「違います!!……その、昔のセフレ…です……。」 あぁ、またか。 少しはそんな予感してた。 浮気なんてする余裕なかったはずだし。 「キスなんかするつもりなかったんです。トイレに行ってたら、あいつがついてきてて…。隙を見せた俺が悪かったです。嫌な思いさせて、すみませんでした。」 「………俺が寝てる間に何があったんだ?」 ついてきたってことは、トイレに行く前から居たってことだよな。 一体いつから? それに、城崎は今までセフレ相手に隙なんて見せなかった。 俺が寝てたから? それとも、あの人はセフレの中でも特別だった…? 「先輩が寝た後、あいつが来たんです…。麗子ママもすぐに帰そうとしてくれたんですけど、すげー頑固な奴だから、そう簡単には帰らなくて…。」 「あ…っそ……。」 「先輩……、怒ってる…?」 「怒ってねぇよ。……悪い。シャワーしてもう寝る。」 「先輩っ…!」 心の中のモヤモヤが晴れない。 きっと城崎は今まで通り俺だけを見てくれてる。 頭ではそう分かっているのに、もしかしたら…って、変なこと考えてしまう。 "すげー頑固な奴" ちゃんとあの人のことを分かってた。認識してた。 今までみたいに、一夜の相手ではなかったってこと? そうだ。葉月くんも言ってたもんな。 セフレの中では一番長かったって…。 考えれば考えるほど、モヤモヤは大きくなる。 それに、Aquaは城崎の昔通っていた場所だから、今後もセフレに会うかもしれない、だから行くのやめようって、城崎言ってくれてたのに。 それでもいいよって、俺が言ったのに。 自分で招いたことなのに、今の状況に腹を立てている自分にもイライラした。 シャワーを冷水にして頭から浴びる。 冷たくて寒いけど、思考が鈍ってる俺には丁度いい。 5分ほど冷水に当たり続けて浴室を出ると、城崎が立っていた。 「何……。」 「先輩…、冷たっ!?え、なんで?」 城崎は俺に触れて、驚いた顔をした。 「いいだろ、どうでも。」 「よくないです。もう一回お風呂入りましょう?」 「いいって…!」 せっかく心配してくれているのに、その手を払う。 俺、可愛くないな…。 性格悪くて、最低。 「何もしませんから…。」 「………」 「お願い。先輩に風邪引いてほしくない…。」 「……わかったよ。」 放っておけばいいのに。 城崎はこんな俺にでも優しい。 手を引かれて浴室に戻される。 何もしないって言ったくせに、城崎は湯船で俺を抱きしめた。 抱きしめる手は痛いくらい力んでいたけど、俺は何も言わずにただ抱きしめられていた。

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