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第647話
ベッドは一つしかないから、同じベッドで寝た。
俺はベッドの隅に寄って、城崎から距離をとった。
「先輩…、おやすみなさい…。」
消えそうなほど小さな声で、城崎は呟いた。
おやすみの一言くらい返せばいいのに、俺は聞こえてないふりをした。
口にも出さず、勝手に自分の中で不安を大きくしてるって分かってる。
でも口にして、面倒くさがられて嫌われないかとか、呆れられそうで怖いんだ。
ごめんな、城崎。
弱くて、器が小さい恋人でごめん。
結局夜はあまり眠れなくて、朝の6時にはベッドから出た。
さっさと準備して、城崎が起きてきた頃に家を出る。
「先輩、もう行くの?」
「あぁ。連休明けだし、整理したい書類あるから。」
「……わかりました。また後で。」
城崎は寂しそうな顔をして、小さく手を振った。
駅まで歩きながら、色々考える。
城崎に酷いこといっぱいした。
謝らないと。
本当は一緒に出勤したかった。
早く仲直りして、いつも通り笑いたかった。
「…って、仲直りというよりは、俺が勝手にいじけてるだけか…。」
勝手に想像膨らまして傷ついて、城崎にあたって傷つけて、そのくせ自分まで傷ついて。
そんな自分自身に自嘲して、さらに落ち込む。
「うん。謝ろ…。謝る。謝らなきゃ。」
自分に言い聞かせるように唱えて、気持ちを切り替えて電車に乗る。
職場の最寄駅についた時、さっき切り替えたはずの気持ちがまた元に戻りそうになった。
何故かって、目の前にあの子が立っていたから。
「お兄さん、昨日ぶりです♪」
「那…瑠さん……。」
「あ?名前知ってる感じ?今少しだけ時間いいですか?」
可愛い男の子。
城崎の昔のセックスフレンド。
醜い感情が支配しそうになるから、会いたくなかった。
「あっちに美味しいカフェがあるんです。もちろんお兄さんの奢りで♪いい企業で働いてるもんね?」
固まっている俺の手を引いて、那瑠くんは小洒落たカフェに入る。
まだ朝早くて客は少なくて、その中でも隅っこの、周りに誰もいない席に座る。
「マスター、珈琲二つで。」
「かしこまりました。」
注文して店員が去って、二人きりになった。
那瑠くんは頬杖をついて、真っ直ぐ俺を見つめる。
「な……んですか…?」
やっと口から出た言葉は拙くて、掠れていて、自信のなさの表れだった。
「お兄さん、ナツの新しいセフレ?いや、あの様子見る限り恋人?」
「……」
「どっちでもいいけどさぁ、ナツと別れてくんない?」
強気に発せられた言葉は、俺の心を深く傷つけた。
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