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第649話

俺は城崎にたくさん我慢させて、いつも気を遣わせてる。 「やっとわかった?お兄さん、本当に何も考えずにナツと付き合ってたんだね。」 「…………」 「ナツにエッチされて気持ちよかったんでしょ?あぁ、自分はする側じゃなくてされる側なんだって、勘違いしちゃったんでしょ?ダメだよ、本来男の体はされる側じゃないんだから。」 君も男じゃん。 そう思ったけど、この子は多分、ずっとされる側だったんだろうなと、そう思って口を閉ざした。 那瑠くんが言うこと、全部俺が自覚すべきことな気がした。 でも、"城崎に愛されてる"ということだけは、信じていたかった。 それなのに、那瑠くんは追い討ちをかけるように、にっこりと笑う。 「諦められるように教えてあげる。僕さ、ナツとすっごい相性いいんだよね。しかもナツ、他のセフレにはキスしないのに、僕にはしてくれるの。言ってる意味、わかる?」 聞きたくない…。 「4年は身体の付き合いしてたかなぁ。4年だよ?すごくない?基本一夜限りしか相手しないナツがだよ?僕は特別だったの、ナツにとって。それにね、僕、ナツ以外にもいろんな人と身体重ねてきたけど、ナツが一番なの。お兄さんも知ってるでしょ?ナツがエッチ上手なの。」 やめて。言わないで。 「お兄さんがされてること、全部僕とのエッチで実践積んだ結果だよ♡」 「……うぅっ」 堪えていた涙が溢れ出した。 何でこの子は、こんなに酷いこと言えるんだろう? 嗚咽が止まらなくて、また呼吸がしんどくなってくる。 「ね?だから返して?」 「………や…だっ。」 絶対こんな子に城崎は渡さない。 もし別れないといけないとしても、この子だけには渡したくない。 それに、城崎は俺だけって言った。 何度も伝えてくれた。 愛してるって、何度も、何度も。 俺は城崎を信じたい…。 「大丈夫。僕は独り占めしないから。お兄さんも、ナツとエッチしたらいいよ。」 「…っ、城崎は…ものじゃないっ…!」 「やだな〜。僕だってナツを物だとは思ってないよ?っていうか、人目につくから泣き止んでくんない?大人にもなって恥ずかしいなぁ。」 「……グズッ」 馬鹿にされたように笑われて、意地でも止めてやろうと涙を拭う。 丁度その時、珈琲が運ばれてきた。 「わーい♡ここの美味しいんだよね♡」 「ありがとうございます。」 店員は少し頬を赤らめて戻っていった。 可愛いよな。可愛いと思うよ。 でも、可愛い分、とても憎らしい。 「あー分かった。お兄さん、ナツに愛されてるって信じたいんだ?」 「は…?」 「自信ないから、祈ることだけしかできないんだ?ただそれだけ頼りに今強がってるんでしょ?」 「な…んなんだよ…?」 「今日の19時、ここに来て。」 那瑠くんは俺に一枚カードを手渡した。 それはホテルの名刺で、Aquaの近くにあるラブホテル。 「僕とナツが一番エッチしてた場所。ナツが本当にお兄さんのことだけが好きなら、来ないと思うから。」 そう言って、カフェから出ていった。 未精算の領収書、俺の飲めないブラックコーヒー、そしてラブホテルの名刺を置いて。 「最悪……。」 朝からどん底に突き落とされた気分で、俺は渋々出勤した。

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