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第651話

定時を過ぎた。 時刻は18時15分。 いつもなら城崎と一緒に帰るけど、城崎は「用事があるから先に帰っててください。」とそそくさと退社してしまった。 「行かないで。」 そう言いそうになったけど、何も城崎の用事があの子に会うことと決まったわけじゃない。 大丈夫…。大丈夫…。 そう自分に言い聞かせながら、那瑠くんに渡された名刺に書かれたホテルに向かう。 城崎がいたらどうしよう。 ヨリ、戻すのかな…。 あの子の言う通り、俺は大人しく引き下がるべきなんだろうか…? こんなにも好きになってしまったのに。 今更俺は諦められるんだろうか。 それとも、体の関係だけでも続ける? ダメだな…。 心が耐えれる気がしない。 ネガティブなことばかり考えていると、駅に着いた。 重い足を一歩ずつ踏み出しながら、ホテルに向かう。 ラブホにしては落ち着いた見た目の小洒落たホテル。 そして入り口の前に並ぶ二つの影。 あぁ、来なければよかった。 何で来たんだろう? 見た瞬間に、昨日よりもずっと冷たい、氷のような冷水をかけられたみたいに体が冷たくなっていく。 「城崎……っ」 どうしているんだよ? なんで…? 信じてたのに。 『ナツが本当にお兄さんのことだけが好きなら、来ないと思うから。』 那瑠くんの言葉が鮮明に甦る。 城崎…。 「俺だけじゃなかったの…?」 ぼやける視界に映る二人が、俺と二人で並んでいる時よりもお似合いな気がして、それがすごく悔しい。 昨日キスして、彼とのことを思い出してしまったのだろうか? それとも実は、もっと前から? 俺の知らないところで関係を持ってたのか? 教えろよ、城崎…。 「………っ!」 二人は何か言い合いをして、中に入っていく。 嫌だ。 嫌だよ…。 「行かないで…っ、城崎……!」 俺の声は届かなかった。 自動ドアが閉まったと同時、俺はその場で泣き崩れた。 周りの人は不審な顔で俺を見るけど、そんなことどうでもよくなるくらい悲しくて、惨めで、情けなくて。 「うぅっ…!ヒック…っ、ううぅっ…」 大粒の涙がボロボロと地面を濡らし、やがて俺の涙を隠すように大雨が降ってきた。 俺の涙と声は大雨に掻き消される。 まるで俺の心の中を反映しているような異常気象。 このまま雨と一緒に消えてなくなりたいと思った。

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