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第659話
「じゃあ、気をつけてくださいね。私でよかったら、いつでもお話聞くので。」
「ん…。今日は本当にありがとな。また明日…。」
「無理はしないでくださいね。お休みされるなら、主任の分、私が頑張りますので。」
「仕事は行くよ。いちいち私情挟んでられないし…。」
泊まる予定のホテルまで送ってくれて、蛇目は俺が中に入るのを見届けてから帰って行った。
あぁ…、これからどうしよう。
城崎とどんな顔して会えばいいんだろう?
付き合う前みたいに、上司と部下?
できるかな。
まだ城崎のこと、諦めきれないのに…。
「10年も20年も、50年先まで記念日迎えるつもりだって言ってたくせに…。嘘つき……。」
何言ったところで、一人ぼっちの部屋で返答があるはずもなく、俺の小さな呟きは虚しく消える。
まさか俺が出て行ってすぐにセフレ連れ込むなんて思わなかったな…。
セフレじゃなくて、恋人になってたりして…。
可愛いもんな、俺なんかよりずっと。
若くて明るくて…。
あいつ性格悪いんだぞ、裏の顔知ってるか?って、そんなこと言ったら俺は悪者になるのかな。
「城崎……、会いたい………。」
浮気されてなお、振られてなお、こんな風に思うのは女々しいだろうか?
会ったら傷つくだけなのに。
声を聞いたらツラくなるのに。
片想いって、こんなにツラいものだったっけ?
楽しく…なかったっけ…。
あぁ、そうか。
結果が見えてるから、ツラいんだ。
「………好き…なのになぁ…。」
城崎の笑顔を思い出すたびに、脳裏に那瑠くんの勝ち誇った笑みがチラつく。
あの子にだけは取られたくないって思ってたのに、意外とあっさりだったな…。
というか、俺、顔すら見せてもらえないまま振られるとか…。
文句言ってやろうかな。
そんなこと言える勇気もないんだけどさ…。
「どうすんだよ、これ…」
あるはずの体毛、全部城崎のために剃ってさ、馬鹿みたい。
「おまえじゃねぇと…、無理じゃん…」
今までなら機能してた男根だって、もう城崎にしか反応しない。
捨てられた俺はどうすればいいの?
那瑠くんは簡単に、俺は結婚できる相手を探せばいいって言ったけど、もうこんなに城崎一色に染められて、今更女性と付き合えって?
無理な話だろ。
「もう城崎とじゃないと、幸せになれないじゃん…。」
たった1年で、俺の世界が変わった。
見える景色も、恋愛の本質も、幸せの価値観も。
全部城崎に変えられて、城崎に染められた。
「責任取れよ…、馬鹿野郎…。」
泣いて、泣いて、とにかく泣いて。
枕を濡らすってこういうことなんだなって実感するくらい枕濡らして、いつのまにか朝になっていた。
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