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第670話

母さんが突然ガタンッと席を立ち上がって、俺の前にきて両肩を掴んだ。 「綾人、どういうこと?!千紗ちゃんと別れた理由はそれが原因なの?!」 「違う。違うよ、母さん。」 「どうして?いつからなの?!誰に(そそのか)されたの?!」 母さんは半狂乱で俺の肩を揺さぶった。 普段は穏やかな性格の母さんが、こんな取り乱すのを見るのは初めてで、かなり困惑した。 俺が母さんをこんなふうにしてしまったのかと。 言わないほうがよかった? 「百合、落ち着きなさい。」 「でもっ…!だって…!綾人、あなた病院には?!行ったの?!」 「え……?」 「だっておかしいじゃない!男が好きだなんて、何かトラウマでもあったの?!精神的に何かあるなら早く病院に…。あ、でも脅されてるなら警察…?そうね、そうよね。今すぐ警察に…っ」 「百合!!!」 父さんが怒鳴り、一瞬部屋がシン…と静まりかえった。 母さんは俺の顔を見て目に涙を溜め、両手で顔を覆い俯いた。 静かな部屋に母さんの啜り泣く声だけが響く。 父さんは母さんの背を摩り、俺を見た。 「綾人、母さんが話せるようになるまで、少し時間をくれないか?」 「………うん。」 「綾人が色々考えて俺たちに伝えてくれたことは分かってるから。母さんも動揺してるだけだ。考える時間をやってくれ。頼む。」 何故か父さんが頭を下げ、俺は部屋に戻った。 伝えるべきではなかったんだろうか。 覚悟したつもりだったけど、母さんがどんな風になってしまうかまでは想像が及ばなかった。 そうだよな…。 母さんは人一倍俺の結婚を楽しみにしてて、孫の顔を見たいと何回も言っていた。 俺は心のどこかで、両親にすんなり認めてもらえるんじゃないかと、そう思っていた。 まさか俺の頭がおかしくなったとか、相手に脅されているとか、そんなこと言われるとは思いもしなかった。 「結構キツいな……。」 城崎と色々あって、ただでさえ心が疲弊しているのに、家族とすら上手くいかないなんて…。 まぁこんなときに両親に伝えると決めたのは、俺自身なんだけど…。 今の俺は、何があっても城崎のそばにいたいと、人生に覚悟を決めてお前に向き合ってると伝えられないと、城崎と付き合う権利はないと思った。 あの子のように全てを捨てることはできないけど、ちゃんと自分でできる限りのことはしたかった。 でも、男が好きになってしまったとか、孫の顔が見せられないとか、本当はそういうことを伝えたいわけじゃなくて、ただ単純に、両親に大好きな城崎のこと、認めてほしい。 いつか城崎を、俺の大好きな家族の一員として迎え入れてほしい。 そんな気持ちが強かったりする。 結局、俺の中に城崎と別れるなんて選択肢はなくて、ただ必死に城崎と居られる方法を探してる。 あの子から城崎を取り返したい。 もう俺が引く理由は何もないと、正々堂々とあの子に伝えるんだ。 「城崎………」 城崎とのトークアプリを開き、待ってて、と打ちかけた。 慌てて文字を消し、何も送信せずにスマホを消す。 「………会いたい。」 俺の本音は誰に届くこともなく、静寂に消えた。

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