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第678話
あのあと、城崎の顔をまともに見れなかった。
午後に入ってすぐ、珈琲と御茶菓子持って来られた時は、驚きと困惑で変な態度をとってしまったかもしれない。
持ってきてくれたお菓子、すげー好みの味でめちゃくちゃ美味かったけど……。
それくらいしか城崎と関わらないで、定時になってそそくさと涼真の家に帰った。
幸か不幸か、明日は土曜で仕事は休みだ。
実家…というよりは、父さんに連絡してみる。
もう一度、改めて話をしていいかって……。
しばらくして帰ってきた返事はNOだった。
まだ母さんが聞ける状況ではないらしい。
「綾人、ちょっと話さねぇ?」
ソファで珈琲を飲みながらスマホと睨めっこしていると、涼真がベランダを指差した。
ここでも二人なのに、何でベランダ?と思いながら着いていく。
涼真が空を見上げるから、つられて見上げたら、星がすごく綺麗だった。
「今日さー、城崎の奴、めちゃくちゃ綾人に会えんの楽しみにしてたんだ。」
「……へぇ。」
そっか…。楽しみにしてくれてたんだ…。
嬉しいかも…。
「綾人に触れるなら、まずは確認しないとなーと思ってさ、聞いたんだよ、浮気したのかって。」
「っ…!」
俺が今一番恐れていること。
いきなりその話題を出されるとは思ってなくて、思わず唾を飲んだ。
「してないってよ。綾人いんのに、するわけないって。」
「そんなの…」
「誰でも言うよな。してないって。でも俺は、城崎のあの目と声は嘘じゃねーって思うんだよ。」
「………」
「もちろん綾人が嘘ついてるとも思ってねーよ?でもやっぱり、ちゃんと話し合うべきだと思うんだよ。誤解だろ、絶対。」
誤解……。
そう思いたいに決まってるじゃん。
思えたら、どんなに楽か。
「ちゃんと話し合って誤解解けたらさ、発作も治んねーかな?」
「そうかも…だけど……」
「明日か明後日、うちに城崎呼ぼうか?俺、そばにいるし。」
「…………」
明日は実家に帰るのを断念したから、予定は空いてる。
空いてる…けど……。
「…………怖い。」
「だから俺がそばにいるって。」
「別れるって言われたら…」
「本当に言われると思ってる?言うわけないだろ、あいつが。本当に今の綾人、ネガティブすぎ。」
分かんないじゃん…。
『先輩面倒だから、別れましょう。』
『もう疲れました。』
城崎の声で再生される言葉。
最近はやっと眠れたと思っても、そんな悪夢を見る。
「綾人。本当に頑張りたいなら、話はするべきだ。」
「………うん。分かってる。」
そればっかりは涼真の言う通りだ。
でも、俺だったら話し合いの場が自分以外の男の家だなんて、嫌だなって思う。
逆の立場だったら、倉科さんの家や新田さんの家?
いくら向こうが「ありえない」って言ってても、やっぱりなんか…。
その二人はパートナーがいるから、一線越えることはないと思うけど。
今になってやっと、城崎が涼真を敵対視していた理由も分かった気がした。
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