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第683話

「先輩、ゆっくり息して…。深呼吸して。大丈夫…、大丈夫だから…。」 「ひぅっ…、うっ…」 城崎の声がする。 城崎の匂いがする。 見上げると、大好きな城崎が俺を見つめていた。 「………城…崎…?」 「うん。俺ですよ…。」 大きい手のひらが、俺の頭を撫でる。 優しすぎる瞳に、じわりとまた涙が溢れる。 「うっ…、ひっく…、ごめんなさい……。」 「何で謝るの?」 「ごめん…。ごめんな…っ。」 ずっと好きでごめん。 弱くてごめん。 自由にしてあげられなくてごめんなさい。 「先輩……」 槍のような雨から守るように俺を抱きしめる優しい腕。 まるで愛しい人を呼ぶように言葉を紡ぐ優しい声。 俺を見て微笑む優しい顔。 全部が大好きで、愛しくてたまらないのに、俺の体は震えて硬直し、それを拒否しようとする。 「城崎……っ」 きっとこの城崎は本物なのに。 さっきの蔑んだ目で俺を見る城崎は、悪い妄想が作り上げた幻覚なのに。 城崎に向き合うのがこんなにも怖い。 「距離…っ、置きたい……。」 「え……?」 「時間が…欲しい……っ」 抱きしめ返したいのに、城崎を掴む手がガタガタ震える。 一緒にいるのが苦しいと、そう思ってしまうから。 自信もなくて、心の弱い俺が、自分自身をそうさせてしまった。 今の俺に城崎と一緒にいる資格はない。 だから、もう少し時間が欲しかった。 「嫌だ。嫌です。どうして?」 「……お願い……」 「だって、距離置いてどうなるんですか?解決するんですか?」 「もう…苦しいんだ……。」 「俺は一緒にいない方が苦しいです。」 「…………」 「俺の話、聞いて?話したら解決するかも…」 「ごめん。」 俺は城崎の話を遮って、その場から逃げ出した。 逃げた方が楽だからと、向き合わなかった。 後で絶対に後悔するのに、馬鹿なことをしたと分かっているのに、戻ることもせずに走り続けた。 しばらくして雨は止み、びしょ濡れのまま電車に乗って涼真の家へ帰った。 周りの人に見られたけど、そんなのどうでもよくなるくらい、自分の弱さを悔いて、涙を必死に堪えていた。

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