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第689話
「そりゃ心配はしたさ。綾人は意外と繊細なところがあるからな。」
「そう…?」
「あぁ。昔から抱え込むタイプだろ?気づいてないのか?」
昔からなんだ…。
自覚はなかったけど、最近の自分を見直したら、結構思い当たる節はある。
「同性愛って、まだそんなに浸透してないだろうからさ、綾人が世間から後ろ指指されるんじゃないかとか、いつか傷つくんじゃないかって。母さんもそこが一番心配なんだと思うよ。」
「……うん。」
「でも、勿論それは分かった上で、覚悟して俺たちに伝えてくれたんだと思ってるから。応援するよ。」
「………グスッ、ありがと…。」
「何泣いてんだ。ほら、大翔がリビングで待ってるぞ。」
父さんはティッシュを俺に渡し、先にリビングへ入っていった。
俺はトイレで鼻をかみ、泣き止んでからリビングに向かった。
大翔の勉強に付き合い、一時間ほどした頃、玄関の戸が開く音がした。
「おかえり、母さん。」
「綾人……」
出迎えに行くと、母さんは俺を見て一瞬嬉しそうに目を輝かせたが、すぐに気まずそうに視線を落とした。
やっぱりそんな簡単には受け入れられないよな…。
孫の顔も見せられないとか、そりゃ嫌だよな…。
「綾人、ちょっといいかしら…?」
「うん。」
母さんに呼ばれ、昔使っていた俺の部屋に入る。
出て行く前に片付けたけど、あれから物の配置も変わっていない。
それなのに埃はひとつもなくて、きっと母さんが定期的に掃除してくれてるんだと思う。
「懐かしいわね。ここで千紗ちゃんとお泊まりしてたの。孫の顔早く見せてくれるって、二人で話してたわよね。」
「やめろよ…。昔の話だろ?」
数年前の話を、母さんは懐かしそうに話す。
あぁ、これって、そういうことだよな…。
「…………ねぇ、綾人。やっぱりお母さんは認められない。今すぐ別れるべきだと思う。」
「…………」
「男同士なんておかしいわよ…。子供も生まれないし、結婚もできない…。そんなの不毛じゃない…。」
「………母さん。」
「綾人が傷つくのが嫌なの。普通に女の子と結婚して、子どもを産んで……、それじゃいけないの?」
「…………普通って何?」
「綾人…」
「やっぱり帰る。また出直すよ。」
「綾人っ…!」
母さんを説得するつもりだったけど、無理だ。
今すごく傷ついた。
"男だから"。
たったそれだけの理由で城崎のことを全否定されたような気持ちになった。
不毛ってなんだよ?
俺と城崎が過ごしてきた時間は無駄だっていうのか?
今のまま話しても、母さんに八つ当たりしてしまいそうだ。
俺は階段を降り、リビングにも寄らずに真っ直ぐに玄関へ向かう。
「綾人っ、ごめんなさい!待って…!」
「今度また来るから。」
「えっ!?兄さんもう帰るの?!!」
「ごめん。」
母さんの引き止める声が聞こえたけど、俺は振り向かずに家を出た。
俺は逃げてばかりだ。
大事な人を傷つけたくないだけなのに、何でこうもうまくいかないんだろう?
自分自身に腹が立つ。
スマホの電源も切って無心になり、東京に着いた頃にはもう辺りは暗くなっていた。
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