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第690話

勢いで実家飛び出してきたのはいいとして、今日の宿どうしよう…。 5月末だし、どこでも空いてるんだろうけど、決めるの面倒だな……。 「とりあえず飲むか…。」 一人で飲みやすそうな居酒屋に入り、生を頼む。 あまり食べる気にならなくて、空きっ腹にビールを流し込む。 あー…、当たり前だけど、回るの早い……。 先にホテル探しておけばよかった。 本当馬鹿だ……。 「うぅ〜……、ヒック……」 ビールをジョッキで三杯飲んで、何とか会計して店を出て、ベロベロの状態で放浪する。 あー……、めちゃくちゃエッチしたい…。 城崎とキスしたいなぁ…。 最近ずっとこればっかりだ。 飲んでるから余計なのかな…。 ゲイバーとか行けば声かけられるのかな…? 適当に誰かの誘いに乗って、これだけ酔ってたら相手のこと城崎だって思えちゃうんじゃないの…? あはは……。それは虚しすぎか……。 千鳥足で歩きながら、辿り着いたのは初めて来るバー。 昔、通りすがりに同僚がゲイバーだと騒いでた気がする。 本当、そんな微かな記憶しかないけど。 「すみませぇん…。やってますかぁ〜?」 「いらっしゃいませ〜。…って、あらら。お兄さん、大丈夫?」 「うぅ〜………」 「えっ?!」 店主と思しき人の腕に倒れる。 麗子ママとは違って、いかにもオカマって感じの。 でも不思議と、謎の安心感がある。 「どうしましょう…?」 「あはは!ママ、新規のお客さんに抱きつかれてるやん!お兄さんママが好みなん〜?」 「おい。あんまり絡むなよ…。」 「ええやん、別に〜。てか、キャリーケース持ってるけど旅行帰りとかかな?お兄さん、おうちどこ〜?送ってあげよか?」 「んん……。ネカフェ泊まる……」 「ぶはっ!ネカフェ?なんでやねん、そんな貧乏には見えんけど??」 質問されて、何も考えずに答える。 なんかもう一人の人に、めちゃくちゃ見つめられてない…? 「んー??なんかこの顔見たことある。麗子ママのとこのお客さんじゃね?」 「えっ?麗ちゃんのとこの?もぉ〜!電話していいかしら?」 周りの声が耳をスーッと通り過ぎて行く。 音としては聞こえるけど、内容が理解できない。 頭まわってなさすぎるだろ、俺。 瞼が重すぎて目を開くことすら難しい。 ガンガン痛む頭。 周りはガヤガヤしててうるさいけど、多分今の俺はほぼ寝てる。 「にしても、整った顔してるね、このお兄さん。」 「ママ、キュンってしちゃったんちゃうん?」 「もぉっ!アタシだって好みくらいあるわよっ!」 「へぇ〜?どんな?」 「そうねぇ…、王子様みたいな……。」 「…はぁっ、すみません。ここに…、…!!」 「………こんな子!!!!」 「え?待って待って。アンタ、この兄ちゃんの知り合い?」 「いや、これで知り合いじゃなかったらヤバいでしょ。」 店主と関西弁と標準語の客……、あと一人。 すごく落ち着く大好きな声。 あー、絶対夢だ。 だって城崎の声がするんだもん。 するわけないのに。 もうこのまま起きるの諦めよ。 幸せな夢見るんだ。 俺はふわふわと心地良い感覚に、完全に身を委ねた。

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