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第692話
「あの、先程内線で連絡した609号室の望月です。」
「お待ちしておりました。ご用件の内容を再度ご確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「すみません…。俺昨日酔っていて、契約とか支払いとかあまり覚えていなくて…。俺、一人で来ました?それとも誰かと……」
混乱して何もわからずに質問してしまう。
フロントのお姉さんは困ったように眉を顰めた。
「申し訳ありません。夜間の担当と勤務が交代しておりまして…。お客様が来られた時の状況は分かりかねます。」
「そう…ですよね……。じゃあ契約内容の確認はできますか?」
「勿論でございます。少々お待ちください。」
カタカタとパソコンを打ち、登録情報を確認してくれるのを待つ。
1分ほど待つと、お姉さんは「お待たせしました。」と契約内容を印刷した紙を差し出した。
「ご契約者様は望月綾人様、5月28日21時のチェックイン、初日のみ二名様で、本日から10日間一名様お食事なしのプラン、6月8日10時チェックアウトと承っております。お支払いは一括先払いで既に頂いております。お間違いないでしょうか?」
初日二名?!先払いで支払い済み?!
まって、どういうことだ?
昨日俺は誰かと泊まったってこと…?
そんなのダメじゃん…。
俺、城崎にあんな怒っておいて、自分が浮気しちゃったってこと…?
「何度もすみません…。支払い者って誰になってますか…?俺ですかね…?」
「お支払いされたのは"細美 麗子"様で承っております。」
誰…?!
いや、麗子…?
知り合いで麗子って……。
「ありがとうございました。ちなみに宿泊期間短くしたら差額って…」
「すみませんが、返金は対応しかねます。」
「そうですよね。無理言ってすみません。ありがとうございました。」
俺は財布とスマホを持って、ホテルを出た。
真っ直ぐに向かったのはAqua。
麗子ママに事実を確認するためだ。
電車に揺られながら、頭の中を整理する。
正直、出張のことを知っている人間で絞ったときに真っ先に思い浮かんだのは城崎だった。
それはきっと、城崎であってほしいと俺自身が思ったからだと思う。
自分から突き放したのに、こんなこと思うのはいけないことなのかな…。
昨日、俺が泥酔していた間、ここまで運んでくれた人物。
俺が触れてほしいのは、触れたいのは城崎ただ一人だ。
だから、城崎だったら嬉しいなって、そんな身勝手なこと思ったんだ。
支払い者が麗子ママってどういうことだろう…。
起きてから状況が全然把握できていなくて、頭が混乱していた。
とにかくまずは麗子ママに確認しないと…。
体は多分…、大丈夫。
もし昨日の夜、誰かと泊まったとしても最後まではシてないと思う。
最近城崎と離れてて、そういうことはご無沙汰だから、もし挿れられたりしてたら違和感あるはずだし…。
でも逆に、泊まった相手が城崎だったら…?
もう俺には欲情しなくなったのだろうか?
もう愛想を尽かしてしまったんだろうか?
もう前みたいに、優しい手で俺を包みこんでくれることはないんだろうか?
昨日の相手が城崎でも、他の誰かだとしても、どちらに転んでもネガティブな考えに辿り着いてしまい、俺のテンションはみるみるうちに下がっていった。
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