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第700話

「じゃあもう家に帰るのか?」 涼真にそう聞かれ、言葉に詰まる。 今度話し合うときに、そのことを城崎に伝えようか悩んでいるからだ。 「………迷ってる。俺、だいぶ話せるようにはなってきたんだけど、やっぱりまだ触れられたりすると、手とか震えるし…。いつ過呼吸になるかも自分で分からなくて、だから…。」 「そっか…。」 「今週、心療内科行ってみようと思うんだ。そこで先生に相談してみようと思ってる。」 「いいじゃん。ちゃんと前向きに考えてるじゃんか。」 「うん。」 城崎とやり直すために俺が頑張らなければいけないことは大きく三つ。 一つは城崎に対する恐怖心を取り除くこと。 二つ目は、親を説得すること。 三つ目は、自分の中でセクシャルマイノリティーに対する偏見をなくすことだ。 一つ目に関しては元々なかった問題だけど、今回の件でいきなり登場して、そして一番辛い問題かもしれない。 好きな人に触れられるのが怖い。 今まで当たり前に触れていたから、余計に辛かった。 抱きしめてほしいのに、抱きしめられると怖いなんて、考えたこともなくて動揺してる。 一刻も早く治したい…。 二つ目の問題は、俺としては穏便に解決したい。 親とも城崎とも、絶対に縁を切りたくない。 城崎は巻き込まずに、俺一人で解決したいと思ってる。 そして三つ目も那瑠くんに言われたことの一つだ。 俺は城崎を受け入れた。受け入れたから付き合った。 でも周りの目を気にしてしまうことが多かった。 同性愛者、どうしても世間では偏見の目で見られてしまう。 俺は本当に仲のいい相手以外には、城崎と付き合っているとバレないように振る舞ってきた。 世の中の考えを覆すことなんて、俺一人には到底できることではないけど、俺自身の考えを改めることならできるんじゃないかと、そう思う。 心のどこかに潜んでいた、自分自身への偏見の目を、どうしたら取り除けるのか。 いろんな人の話を聞いて、俺の納得できる答えを探したい。 全部を解決して、俺は正々堂々と城崎にもう一度想いを伝えたい。 好きだと。 愛していると。 城崎は喜んでくれるだろうか? その時まで、俺と同じ気持ちでいてくれるだろうか? 「綾人〜?飲み過ぎた?」 「んん……。大丈夫……。」 「大丈夫じゃねぇと俺が殺されるんだけど。……あぁ、またきた。おまえの彼氏ウゼェ。」 「城崎……?」 「あぁ。さっきからめちゃくちゃメッセージくるんだよ。」 ピコン、ピコンと通知を知らせ続ける涼真のスマホ。 それ全部城崎らしい。 なんで俺じゃなくて涼真なんだよ……。 「貸して。」 「あ。ちょっと、おい!」 「ムカつく。」 涼真のスマホを見ると、城崎から怒涛の新着通知。 『先輩に飲ませてないですよね?』 『おい、無視すんな。』 『先輩の写真送って。』 『柳津さんのこと信用してたのに。』 『あーあ。このままじゃ、ちゅんちゅんに柳津さんの秘密ごと口滑らしちゃいそうだなー。』 『マジで先輩大丈夫ですか?酔い潰れてないですよね?』 「………怖。」 「だろ?勘弁してくれよ。」 「……どんまい。」 「とりあえず写真撮っていい?」 「………やめて。あとで俺から電話するから。」 酔いが若干醒めて、このままお開きすることにした。 城崎、俺にはあんな遠慮してるくせに、代わりに涼真にすげー迷惑かけてんじゃん。 涼真のが先輩のはずなのに、途中敬語すら使われてなくて、文面を思い出して笑ってしまった。

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